Top/37-127

落語家 『芝浜』

                    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                     |  落語家 二人の稀代の天才
 ____________  \            / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | __________  |    ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄|   ナマモノ。マイナーです
 | |                | |             \
 | | |> PLAY.       | |               ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | |                | |           ∧_∧ ∧_∧ ∧∧ ドキドキ
 | |                | |     ピッ   (´∀` )(・∀・ )(゚Д゚ )
 | |                | |       ◇⊂    )(    ) |  ヽノ___
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _) ┌ ┌ _)⊂UUO__||  |
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)(_(__).      ||  |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 呼び止めようと張り上げた、自分の声で目が覚めた。
 むくりと身体を起こして見回すと、まだ夜も開け切らず、静かに雑然と散らかった部屋があるだけで、
彼はただ苦笑して独りごちた。
「随分と……判断に困る夢だな」
 だが悪い夢ではなかった。寝癖で跳ねた髪を何度か引っ張って頭を掻くと、もう一度勢いよく枕に頭を
乗せる。布団があると過信していたので、打った背中が微妙に痛く、舌打ちをひとつする。
 見慣れた天井を眺めながら、つい先刻まで見ていた夢を反芻した。
 痛みよりも懐古の情が勝つのが悔しい。永の別れからまだ十年にはならないというのに、懐かしさが
心を満たしている。ともすれば弱さを連れて来そうな想いを追い出したくて肺から空気を吐けるだけ
吐いたが、深い湖の底の青に似た郷愁の念に近い感情は、白い布を染め抜いた様に彼心の中から
消える事はなかった。
 無駄ですよ、兄さん。先刻まで夢の中にいた後輩ならば、そう笑うだろうか。
 あっちで元気みたいだな、屋来町の奴は。
 わざと、舌に慣れた、本来ならいずれ大名跡を継ぐ立場であった後輩が育て愛した名跡ではなく、
芸術の域に達した芸を信奉する客者達や楽屋内で同業者が親しんでいた呼び方を舌の上に乗せて、
けれど音にはせずに息を吐いた。誰が聞いている訳でもないけれど。
 あの様子だとまだまだ迎えに来る気はないらしい。誰だよ、自分一人で良い時に逝きやがったのは。
そう思う事はあっても、連れて行けとは考えない。選べるのなら死期位自分で選びたい。けれど恐れが
ないかと問われれば、人間死を恐れない者などいないのではないかと思う。
 悪い夢じゃなかった。頭の芯までもが穏やかなのがその証拠。
 死者は夢の中では喋らないと言うけれど、流石死んでも噺家は噺家なのか、飄々とあの美しい口跡で
語りかけてきた。
 兄さん、久し振りだね。と。
 後年の病を得た姿ではなく、幾分若い頃の容姿。声。美しいメロディの様な話し方。
真打昇進の順番からおかしくなった、彼に対する呼び方もそうだ。おっとりと細められた柔らかい
目元の奥には、心配そうな色合いが浮かんでいた。

 場所は定かではない。川だか海だか、水があった。賽の河原かも知れないし、何処かの浜辺かも
知れない。今更知りようがない。前者なら後学の為にももっとよく見ておけば良かった。
後者ならひとつ泳いでくれば良かった。そんな風に思う。泳ぐ事を愛している彼は海が好きだから、
やっぱり後者かも知れない。あれならばそれ位気を使ったセッティングをするだろう。
 何を話したのか記憶もあやふやだ。けれど確かに言葉を交わした。別れ際、何かを手渡そうと右手に
触れた彼の指先のひんやりとした感触が残っている。すっかり後輩が会いに来たかの様な心持に
なっている自分に苦笑する。あの世があるかも確かめ様がないというのに。
 薬がないと眠れない常とは違い、妙に穏やかな気持ちがささくれがちな精神を優しく包む。
湧き上がる不安や孤独を、睡眠薬に頼って無理やり押さえつけている日々を曇天とするのなら、
麗らかな小春日和を思わせる穏やかな安寧の中うとうとと眠りに落ちかけて気になったのは、
今眠ったら続きが見られるのかどうかだ。もう一度会いたい。素直に思う。例えそれが自分の
作り出した夢だったとしても。
 いつも見る夢とは明らかに手触りが違ったけれど、それを上手くは説明出来ない。ひどく感覚的な
ものだからだ。
 意識が途切れる寸前、もう一度自分を「兄さん」と呼ぶ声を聞いた気がした。

 珍しく定刻よりもよっぽど早く楽屋に現れた彼に、弟子達は大慌てだった。
 右往左往している姿を見ると、笑ってしまう。苦笑というか失笑というか、そういう種類の笑いが
ほとんどを占めていたけれど。別に用意が出来ていない訳ではなかった。ただ普段は接する機会の
少ない大師匠の登場に緊張が極限を向かえ、おろおろとしている孫弟子達が数名いるだけだ。
 立前座の出したお茶を一口啜ると、無造作にその場横になる。
 体調は良かった。いつになく。睡眠は大切だ。頭の中はクリアーで、瞼を下ろしていても楽屋で
行なわれている事の一部始終が把握出来た。こんな状態はここ最近だと年に一度あるかないかだ。
不思議な心持で、無意識に握っていた右手を僅かに持ち上げる。力を抜くと、ぱさりと畳の上に
落ちたけれど、手の平の中のものは零れない。

 多分、これを持ったままで今日の高座に上がるのだろう。確信めいた予感があった。
 否と言おうにも、返せない。今眠っても彼には会えないという不思議な確信があった。だから仕方が
無い。彼が何を持たせたのを探りたい想いもある。そっちがその気なら乗ってやろうじゃねぇか。
口の中で呟いて、瞼を上げた。

 見に来ていた数名の弟子達と楽屋で働いていた前座も入っての打ち上げは、いつにも増して
賑やかだった。
 痛飲組もあまり飲めない組も入り混じっての宴会を眺めながら、彼もそれなりに飲んでいた。
高座の後の疲れはあるが、気分が良くてグラスを空けるスピードも速かった。もうしばらく
飲んでいようかと迷ったが、そろそろ腰を上げようと立ち上がる。ジャケットから革の財布を
取り出して、近くにいた弟子に数枚の紙幣を預けた。
「領収書、ちゃんと貰っとけ」
「はい、分かりました」
「釣りは誤魔化すな」
「はいっ」
「飯は残すんじゃねぇぞ」
「勿論です」
 重々に言い渡して店の外に出ると、春の宵に相応しい冴えた風が吹き荒れていた。
色つき眼鏡の奥の瞳を細めて、枯れた声を張り上げて店員と何かを話している弟子の一人を呼ぶ。
「おい、俺は歩いて帰るぞっ」
「今タクシーがっ」
「お供します、師匠」
「いい。後は頼んだ」
 酔っ払いとも思えないしっかりとした足取りで歩き出す背中を、弟子たちが困惑を抱えて見送る。
一人が慌てて駆け寄ろうとして止められている大きな声が聞こえ来て、柔らかい苦笑いを生んだ。
 後ろで騒いでいる連中が、今はもう独り立ちをし、立派な看板になっている年嵩の弟子達の
若い時分の姿とかぶる。亡くした弟子もいた。去っていった弟子も沢山いた。その中で見事に
化けてみせたのは三人の弟子。それぞれの持ち味に特化して、三人寄ればひょっとして彼になれるかも
知れないと冗談めかして言う位だ。華々しい売れ方はしていなくても、己の歩く道をしっかりと
踏みしめている弟子達もいる。

彼の掲げる昇進の基準の中の歌舞音曲に纏わるものがどうしてもクリア出来ずに気を揉ませていた
弟子も、決して折れずに真打を掴み取った。後の奴らも、もうちょっと何とかなりやがれとは
思うけれど。協会を脱退し、父の様に慕った師と袂を別ったあの頃。
あんなバラバラな連中を育てられたのは、その型に入れなかったからかも知れないと、今は思う。
彼らならば、きっとどんな環境でも育ったに違いないが、現在の形になったのはあの特殊な環境の
お陰だったと言っても間違いではないだろう。彼の信念が間違っていなかった事を証明してくれた、
あの可愛い弟子達は。
 妻子と離れ住んでいた自宅。右を見ても左を見ても弟子達がわらわらと掃除や何かをしていた、
あの喧騒に塗れた空間を懐かしい気持ちで思い返す日がくるなんてと、舌打ちをした。手元に
マシンガンがあれば、間違いなく乱射していただろう。しかし今日はきっとそういう日なのだろうと、
すぐに納得をする。もう戻れない場所を眺めて、ただ笑う。今日はそういう日なのだろう。
 師匠が弟子にしてやれる事は、褒めてやる事。見守ってやる事だけかも知れない。ならばまだ彼には
するべき事があった。残されていた。自分自身の芸だって、満足がいった例がない。
 ふと足を止める。顔を上げて、風の中でにやりと笑った。久し振りに晴れやかな気持ちだった。
それが彼のもたらしたものならと、有り難く受け取っておく。
 明日も、放っておいても日が昇る。厭う気持ちはあるけれど、まぁ仕方が無い。
何処にも戻れないのならば、前に進むだけだ。
 まあそういう訳で、まだしばらくは、そっちに行けそうもねぇ。俺も存外に業が深いようだ。
俺からは会いには行かない。だから用が出来たらお前から来な。
 手の中に何となく残っていたあの夢の手触り。浜辺で拾った財布と同じで、あると思ってはいけない。
ゆるく握っていた指を開いて逃がしてやる。惜しいとは思わなかった。
「夢になってかまわねぇだろ、――――……朝」
 小さく小さく呟かれた声は、風に乗って天に届くだろうか。
 返らない答えを待つ気はさらさらなく、ポケットに手を突っ込み直すとまた悠然と歩き出した。
 世は全て事もなし。

 ____________
 | __________  |
 | |                | |
 | | □ STOP.       | |
 | |                | |           ∧_∧ コソーリすぎてすみません
 | |                | |     ピッ   (・∀・ )
 | |                | |       ◇⊂    ) __
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _)_||  |
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)  ||   |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

  • ありがとうございます…感動しました… -- 匿名希望? 2012-09-03 (月) 19:22:14
  • 泣きました。切なく美しくあたたかい。今頃あちらで二人会やってるんでしょうね。 -- 2016-06-27 (月) 15:33:46

このページのURL:

ページ新規作成

新しいページはこちらから投稿できます。

TOP