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スパイラル2

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

・昨日投下した「スパイラル」の六弦→唄ver.です。(ナマモノ注意)
・話ごとに世界を切り離してる(つもり)なので、話中の展望台と「スパイラル」の展望台は同じ場所です。
・違う場所考えるのがめんどかったんでしょ?って突っ込みはキニシナイ!!

 すべてを犠牲にしても手に入れたい、と思うもの。
 そんなものに巡り会える生き方に憧れた日もあった。
 まだ学校も卒業していなかった頃の俺は、どうしようもなく幼くて世間知らずで、向こう見ずだった。
 映画や音楽でしばしば語られる、夢のような物語に憧れて暮らしていた。
 いつかは自分も、そういう強く激しく己の人生を揺さぶられるようなものに出会うのかもしれない。
 そんな未来のイメージが、おぼろげながら、しかし確実に俺の中に宿っていた。

 そしてあの日。
 俺はまるで花を見つけた蜜蜂みたいに魅せられた。
 幼馴染は『彼』を俺に引き合わせる前に、性格が合わないかも、なんて渋い顔をしたけれど。
 全くの杞憂だった。
 その大きな瞳と視線が合った瞬間、いろんな心配も不安も煙のように消えていった気がした。
 なんの不自然も引っ掛かりも無く、俺は当然のように彼に魅入り、引き寄せられていった。
 何かを犠牲にしてでも手に入れたいもの。
 もしかしたら、見つけたのかもしれないと思った。

 でも気づいたら、俺の周りはうんざりするほど失くしたくないもので溢れていたんだ。

「柾棟見て、すっげー綺麗な夕焼け」
 前を指差しながら振り返ると、柾棟は俺よりだいぶ後ろの方でのそのそと歩いていた。
「ほら、早く来いよ」
「別にどこからでも夕陽は見えるよ」
 マフラーで隠れた口をもごもごと動かし、柾棟は億劫そうにしゃべる。
「そーじゃなくて。二人で並んで見ることが重要なの」
「……アホらし」
 俺を軽くあしらうようないつもの視線を投げかけると、柾棟は首をすくめる。
 それでもカメのようにのろいその歩みは、一秒も止まることはない。
 俺はその場にぴったりと止まって、背中を丸めて歩く小動物みたいな柾棟が隣に来るまでじっと待った。
 冬の風が吹きつけ、そのたびに柾棟は顔をしかめ、肩を震わせた。
 マフラーを巻きつけた頬はぼうっと赤く染まっていた。

隣に来たところで並んで歩き、大理石の階段を一緒にのぼった。
 展望台に着くと、目の前には炎の色にも似た鮮やかなオレンジ色が、スプリンクラーで撒きちらしたかのように辺り一面に広がっていた。
 俺はため息をついて、夕焼けを見た。
「すごいね」
 柾棟は何も言わず、じっと空を見ていた。長い睫毛が空へ向かってぴんと伸びている。
 時々思い出したかのように小さく浅い呼吸をしては、口から白い煙をたちのぼらせてゆく。
 今こいつは何を考えてるんだろう。
 どんな音楽がこいつの頭の中で生まれているんだろう。
 何年も傍にいたけれど、こういう瞬間に立ち合わせるたび俺は柾棟のことが分からなくなる。
 そして、分かってしまったらつまらないじゃないかと思うことにしている。
「ここから見る夕焼けってすげえんだよね」
 紅蓮色の雲を見上げながら俺は言った。
 たった一時間前までわたあめを連想させるほど穏やかな色を保っていた雲は、いまや空のすべてを焼き尽くしてしまいそうに見える。
「前にもここに来たと思うんだけど」
「展望台?」
「うん」
「覚えてる」
「ホント?」
「潮の匂いがするから」 柾棟は手すりの下の海を指差した。風に揺られて、暗い水面はかすかに音を立てていた。

「覚えてたんだ」
「ずっと昔のツ/アーで来た気がするけど」
「いわゆる……俺らの、バブルの頃」
「ああ」 柾棟は肯いた。
 今から10年以上前、俺達は目眩がするような忙しさの中で全国を飛び回っていた。
 心も身体も常に仕事のことで縛られているようで、何かをじっくり考える時間すら無かった。
 ただひたすらに、目の前に積み立てられた、それこそ無限と呼んでもいいようなスケジュールの山と向き合っていた。
 俺達はそんな時期のことを『バブル』と形容していたのだ。 
「じゃあどんな気持ちでここにいたか、覚えてる?」
 柾棟は首を振った。「全然」
「俺は覚えてるよ」
「へえ」
「俺はね……」
 西陽の光が当たって、柾棟の顔がぼんやり白く見えた。
「このまま時間が止まっちゃえばいいのに、って思った」
 柾棟は黙っていた。
「これまでのことも、これからのことも全部どうでもよくなった。今この瞬間で、世界が終わっちゃえばいいのにって思った」
 柾棟はうつむく。針のような睫毛が頬に長い影を落とす。
 俺は足を踏み出して、彫刻みたいに固まってる彼の身体を抱きしめた。頬も肩も、凍り出しそうに冷たかった。
「柾棟」
「……」
「思い出した?」
「……鉄哉」
 柾棟はそれ以上何も言わなかった。

 歌を歌うあいつの姿が好きだった。
 俺を無視する冷たい目も、俺をからかう子どものような笑顔も全部好きだった。
 馬鹿みたいに『好き』と繰り替えすこの冗談が、いつ本気だと見破られてしまわないか心配で仕方なかった。
 その「本気」を、俺はあの日少しだけ、柾棟の前でさらけ出してしまった。

 夕陽を見上げて小さく鼻歌を歌う後姿を見ていると、どうしようもない気持ちに襲われた。
 赤々とした夕焼け、ぎゃあぎゃあとけたたましく鳴くカラスの群れ、海の匂い、漣の音、水平線の上で微かに輝く灯台の光……
 さまざまなものが俺をせきたてるように俺の心や身体の隙間に入り込み、うごめいた。
 今しかないぞ、と誰かが耳元で囁いたような気がした。
 俺は考える暇さえ持たずに、後ろからあいつの体を掻き抱いた。
 あいつの体はびくりと揺れた。でも、一瞬の後には、まるで捕まえられたウサギのようにぴくりとも動かなくなった。
 困惑しているのだ。
 だって俺の抱きしめ方は、普段の冗談めかしたそれとは全く種類が違ってたのだから。
「柾棟」
 自分で聞いても辟易するような、かすれた、甘えた声だった。
 自分を取り繕うことなんてできなかった。
 俺は小さな子どもが親に縋りつくように、あいつの体にめいっぱいしがみついた。
 ツ/アーも、取材も、もうどうでもいい。
 これまでのことも、この先のことも知ったことか。
 この紅い世界の中で、このまま死んでしまいたかった。

 だけど。 
「柾棟」
「……鉄哉」
 柾棟は、腫れ物に触るようにこわごわとした口調で言った。「だめだよ」
「知ってる」
 すべてを犠牲にしてでも得たかったもの。
 ある時、確かにそれは君だと信じていたのだ。
 だけど。
「鉄哉は大事な存在だけど、でも、――」
「知ってる」
 言葉を遮ったのは、続きを聞くのが怖かったから。そして、続きを言わせるのが可哀想だったからだ。

「柾棟は俺のことが必要だもんな」
 俺はあいつに必要とされている。俺がいなければ、この番度はこの番度でありえないって、他でもない君が言ってくれた。
 嬉しかった。
 だから、俺は犠牲に出来ないものの存在に気づいてしまった。
 君は寝る間も惜しんでありとあらゆるメディアに出演した。
 君は頭を抱えて、膨大な締め切りの波と向かい合った。
 時折君は苦しげな表情を見せた。しんどい、と愚痴をこぼすこともあった。
 それでも、もう周りは簡単に『休んでもいいよ』なんて言ってはくれなくなった。
 それは何故か。
 君の姿を、いまやたくさんの人が求めているからだ。君の作る音楽が、たくさんの人の心を動かしているからだ。
 もはや君は、以前までの君ではない。
 この世界に名前を広めて、いつしか君は、俺たちのためだけに存在する人間ではなくなってしまったのだ。
 君は、俺1人のわがままで簡単に手に入れられるような人間ではなくなってしまったのだ。

 俺に出来るのは、ただ、君を支えること。

「寒いときは、いつでもこうやったげるから」
 柾棟の髪を手袋で撫でながら俺は言った。
「無理すんなよ。俺は、頼まれたって柾棟から離れねえから」
「鉄哉」
 もっと俺らが若かったなら、強引に君を奪うこともできたんだろうけど。
 叶わないことを願うほど俺らはもう、夢見がちな年じゃいられなくなっちゃったね。
「……ありがとう」
 柾棟は消えそうな声でぼそり、と呟いた。
 いつもは素っ気無い君が、ごくごくたまに見せる今のような優しさ。それを養分にして、きっとこれからも歩いていける。
 特別な仲間として生きるのを決めた俺はその日、長年育ててきた想いを封印した。

********

「思い出した?」
「……うん」
「柾棟は、あの時どんなこと考えてた?」
 あの日と同じように髪を撫でながら俺は言う。
「……覚えてないよ、そんなこと」
 柾棟はいくらかぶっきらぼうに言った。昔のことを掘り返したって仕方が無い、そう言いたげな口調だった。
「……それもそうだな」
 俺は髪から手を下ろし、両手でぎゅっと柾棟の体に抱きついた。柾棟は驚いて身を捩り、いつものようにしかめっ面を俺に投げつけた。
「寒いときはこうしたげるって、言ったっしょ?」
 にやにや笑う俺の顔を冷たく一瞥し、俺の体を振り払う。そして、「帰るよ」と後ろを向いて歩き出す。
 もう何度と無く繰り返された、いつも通りのやりとり。
 俺たちはこうでなければいけないのだ。これまでも、これからも。
「手、冷たかったよ。温めてあげよっか?」
「だからいいって」
「なんならホテルに帰った後でも」
 聞こえよがしに大きな溜め息をついて、柾棟はさっさと早足で去っていく。大理石の階段を下り、すでに皆が乗っているだろうバスへと向かう。
 俺は笑って、その後姿に犬みたいに駆け寄っていく。
 封印していた想いは時々顔を見せて、俺らを少しだけ気まずくさせるけれど。
 長い旅は、まだまだこれからなのだ。
 走りながら振り返って見た夕焼けは、嘘のように綺麗だった。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

回想シーンは8232~藍horizonあたりです。きのこ全盛期~。
太鼓←唄書いたら一応終わり…のはず。


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