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ある一つの作り話

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
・ナマ注意
・ある白い犬の学園パラレル。呉羽(生徒)×唄(教師)
・なんかもう某所の流れが素晴らしすぎて感動したので書いた。

 鶏のレバーが入った真空パックに手を伸ばした瞬間、部屋の扉が開いた。ガラリと、乱暴な音がした。
 冷凍庫から振り返り、扉の方を見ると背の高い男が立っていた。
 夕方で、部屋の電気もついていないからシルエットは真っ黒だ。それでも、彼が誰なのかは即座に分かった。
 背負った夕陽が絵になる彼は、俺のクラスの問題児だ。
「呉羽くん」
「やっぱりココにいたんすね、先生」 彼の息は少し切れていた。
「何で来たの? 職員室で待ってていいって言ったのに」
「あんな所で先生が来るまで座ってろって言うんすか? 冗談じゃないっすよ。早く帰りたいし」
 髪のほつれを直しながら、彼は近寄ってきた。
 『呉羽』というのは彼の本名ではない。彼にはちゃんと公式の名字も名前もある。
 ただし本人は、この呼び名を好んで周りに広めているらしいので、それにつられて他の生徒や俺たち教師も彼を『呉羽』と呼んでしまっている。
「先生は生物室にいるって誰でも知ってるし。進路面談ぐらいならココでやっても問題ないでしょ?」
 呉羽くんの口ぶりは堂々としていて、年上の者への無駄な遠慮や怖気はまったく無い。
 彼が何かを言うと、俺もつい流されてうなずいてしまう。 
 呉羽くんは俺の前で立ち止まると、俺の持っている真空パックを不思議そうに眺めた。
 こうして近づくと、俺と彼の体格差はさらに歴然とする。
 年齢で言うと10くらい俺の方が上になるが、身長になると綺麗に逆転する。
 猫背のせいもあるんだろうけど、彼と向き合うと俺は自分がより小さくなってしまったような気がする。
「ソレに入ってるの、肉っすか?」
「うん」 冷凍庫の扉を閉めながら言った。俺のヘソくらいの高さまでしかない、小さな冷凍庫だ。
「すげえ小さく切ってますね」
「プラナリアの餌だからね」
「プラナリア?」
 彼は眉間に皺を寄せた。俺は生物室に9個並べられた黒机のうち、もっとも冷凍庫に近い、つまりもっとも俺たちに近い机を指差した。
 机の上にはプラスチック製の白い洗面器が置いてあり、浅く水を張ってある。

「呉羽くんはプラナリアって知ってる?」 真空パックを開き、レバーをつまみながら言った。ひとつひとつの肉は小指の爪ほどの大きさしかない。
「体長1センチから2センチくらいのすごく小さな生き物だ。小さくて細いけれど肉眼でも見える。
 頭は三角形をしていて、手足は無いけど胴体が長い。マンガみたいな目が頭についているくせに、口や肛門はなぜかお腹にある。
 きれいな水の中で飼育し、鶏のレバーやゆで卵の黄身を小さく切ったものを餌にする」
 前に生物の授業でも言ったことだ。あの授業のあった日、確か呉羽くんは欠席していた。
 彼は理由も言わずに欠席したり早退したりすることが多い。
 たまに出席してもボンヤリした顔で窓の外ばかり見ている。
「プラナリアのすごい所はその再生能力なんだ」 洗面器の中にレバーを落とした。糸のように細いプラナリアたちが、いっせいに動き始めた。
「体を分割されても、彼らはちゃんと完全な姿に戻る。
 まっぷたつにされた1匹のプラナリアは2匹のプラナリアに、8分割された1匹のプラナリアは8匹のプラナリアに増える。
 プラナリアは有性生殖無しで個体を増やすことが出来るんだよ」
 わらわらとレバーに群がるプラナリアたちを見下ろす。
 この生物室にはウサギやモルモット、熱帯魚などいろんな生き物が飼育されている。
 姿形は違えど、餌を前にしたときの反応は皆一緒だ。
「有性生殖って、要は交尾やセックスのことっすよね?」
 俺の隣で洗面器を見ていた呉羽くんが言った。
「まあ、そうだよ」 俺はうなずいた。
「へえ」 彼は、俺を見下ろすようにしてニヤニヤ笑う。
「何がおかしいの?」
 問いかけると、呉羽くんは口元に笑いを貼りつけたまま話し出した。
「うちのクラスの女子が言ってたんすよ。久佐乃先生ってプラナリアみたいって」
「はぁ?」
 彼はこみ上げてくる笑いを堪えるように、口を手で覆った。

「ホラ先生って、いつも淡々としてるじゃないすか。他の先生が急いでんのに一人だけプリン食べてたりして」
 言われてみればそうだ。
 しかし、しばしば学校をサボる彼がプリンの件を知っているのは俺にとって驚きだ。
「無表情で、何考えてんのか分からなくて、謎めいている。プラナリアもそうでしょ。で、さらに」
 彼は人差し指を立て、とびきり愚かしいことを言うかのように顔をしかめた。
「俺らみたいに交尾のことで目をギラギラさせてる連中とは、先生は全然違う、って」
 呉羽くんは鼻で笑った。哀れみや、小バカにする感じの混ざった笑いだった。
「なんにも分かってないんすね、アイツら」
 そう言うと、彼は突然俺の肩をつかんで部屋の壁に押しつけた。背中に鈍い痛みが走った。
 すぐ右隣の窓から、運動部の騒々しい掛け声が聞こえた。
「俺、知ってるんすよ」
 呉羽くんは俺のネクタイを手に取り、薄く笑った。彼の顔は獲物を捕らえたヒョウに似ていると思った。
「知っちゃったんすよ。先生が、ホントは、すげえエロい人だってこと」

 何のことを言われているのか分からなかった。
 それでも、呉羽くんの作り物めいた笑いは俺を不安にさせた。彼はきっと、俺の弱みをつかんでいる。
「バイト先の先輩に誘われたんです」
 俺を壁に押しつけ、右手でネクタイを弄びながら彼は言った。
「ただノリで行ってみただけだったんです。場所もバイト先に近かったし、めったに出ない人気バンドが出るって聞いたから」
 呉羽くんは探るように俺を見た。知らない間に俺は唾を飲み込んでいた。
「良いライブハウスでした。キャパもちょうどいいし、客の雰囲気も悪くなかった。バンドもアマで終わるには勿体無いレベルの人たちばかりだった。
 もちろん、一部を除いて」
 そうだよ、本当にあのバンドは酷かった。
 あまりに聴いてられないもんだから、彼らの演奏が終わる頃にはすっかり場は冷めちゃってたんだよ。呉羽くん。
「ところが、その次のバンドが違った」
 彼の目が、ナイフのように鋭くなった。
「空気が変わった。これまでの奴らがみんなガキのお遊びみたいに見えた。俺はその場に棒立ちになって、食い入るようにステージを見た」
 俺を見つめながら、呉羽くんは気味が悪いほどゆっくりと話し続ける。
 俺はいつ彼に飛びつかれ、首元を食いちぎられてもおかしくないと思った。
「ボーカルはエレキギターをわんわん鳴らしながら歌っていました。遠い目をしていました。客席なんかより、もっとずっと遠いところまで見通すような目でした」
 呉羽くんは俺のメガネに手をかけた。
 肩が震えた。
 年上なのに、怯んでしまうなんて情けない。
「彼は高い声で、びっくりするほど卑猥な歌を歌っていました。
 叩きつけるような歌い方でした。自分の内に押し込めてたものを、みんな歌に吐き出しているかのようでした」
 呉羽くんはメガネを外した。
 彼は俺の顔を注意深く眺め回すと、確認を終えたように一度だけうなずいた。
 そして、言った。
「どうして普段から、メガネ外さないんすか?」
 俺は両手を上げ、降参した。

「あの時は、コンタクトだったんすね」
 その通り。ステージの上でだけ、俺はコンタクトをつけている。
「あっちの方が良いのに。このメガネダサいっすよ」
 呉羽くんはメガネをしげしげ眺め、顔をしかめた。
「あの時みたいに、白衣もスーツも脱いじゃえばいいんすよ。だいたい先生の白衣、いつも変なシミついてるんすけど」
「君には、関係ないだろ」
 俺は吐き捨てるように言った。そして、乱れた白衣の襟を整えた。
 バレるのは時間の問題とは思っていた。
 しかし、この問題児に知られるとは何とも運の悪い。
「あのバンドにはビビらされましたよ」 呉羽くんは思い出し笑いを浮かべた。
「最初は久佐乃先生だけだと思ってたんすよ。
 もう先生だけで雷に打たれたような気分だったから、さすがにこれ以上のサプライズは無いだろってタカ括ってたんです。なのに」
 メガネをプラナリアの机に置き、彼は低い声でフフ、と笑った。
「まさか『全員』だとは思いませんでした」
 彼の顔はまだにやけているのだろうか。
 メガネを奪われた俺の視界は、霞がかかったようにあやふやだ。
「ギター弾いて寒いギャグ言ってたのは美術の美和先生でしょ? で、ヤバイドラムさばき見せてたのが体育の咲山先生。
 それで、ベース持ってすげえ形相でステージ中走り回ってたのが、数学の――」
「多村だ」 溜め息混じりに言った。
「ありえねえっすよね。この学校の先生勢ぞろいって」
「ねえ、呉羽くん」
 できるだけ優しい声で呼びかけた。
「この事は皆には秘密にしておいてくれないかな? 一応、学校にも隠してあるんだ」
 俺たちの活動は学校とはまったく関係ないところで進められている。
 俺たち4人は、この事を俺たち以外の誰にも口外しないよう決めてある。
 趣味の範疇とは言え、生徒や先生に知られたら色々面倒くさい事態になりそうだからだ。

 彼は意外にも首を縦に振り、秘密を守ることを了承してくれた。
 問題児だけれど、話の分かる子なのだ。俺はホッと息をついた。
「でも、本当にヤバイっすよね。あの歌詞」 俺のメガネをまた拾い、手の中で転がしながら呉羽くんは言う。
「知ってました? 先生って結構女子に人気あるんすよ。なんでもセックスの匂いがしないから、って」
 俺は眉をひそめた。呉羽くんは、窓の向こうで牛のように走り回る運動部を物憂げに眺めていた。
「精子と卵が合体するとか、そういうことを料理のレシピみたいに軽やかに説明するから、全然いやらしくないんだって」
 メガネを弄ぶ彼の手を見つめる。視界はぼんやりしているけど、長い指だってことはよく分かる。
 呉羽くんは生物室を見回し、動物のケージや水槽が置いてある辺りに目を留めた。
「こんな……ウサギやモルモットやプラナリアに囲まれて優しそうにしてる人が、あんな歌歌ってたなんて……」
 呉羽くんは、俺を見た。
「皆が知ったら、ガッカリっすよね?」
 冷たい声だった。今メガネをかけたら、呉羽くんに牙が生えてるのが見えるんじゃないかと思った。
 胸が震えた。
「ねえ、先生」
 メガネを机に置き、彼が近づいてくる。首の辺りに汗がにじむ。窓枠に手をかけた。でも脚がうまく動かない。
「俺、分かんないんすよ」
 呉羽くんの声はトリモチみたいにねっとりしていた。優しい猫撫で声の下で、鋭い爪が見え隠れしていた。
 彼は俺のまん前に立った。俺は、いつの間にか窓際に追い詰められていた。
 呉羽くんは両手で俺の頭をつかんだ。
「教えてほしいんすよ。そんな冷静そうな顔してる先生のアタマん中に、どんだけエロい事が詰まってんのか」
 まばたきする暇も無かった。
 生温かい息が当たって、無理やり唇を奪われた。

 舌が熱い。
 歯の裏側を、上顎を舐め上げられるたび背筋に電流が走る。
「っ、ふ、あ……ぁ」
 口をこじ開けられると、ぽろぽろ溜め息が落ちてくる。息苦しくて目の前が真っ白に染まってゆく。
 呉羽くんの体からは、ほんのり香水の匂いがした。
 ケモノくさいこの部屋にはまるで不似合いだと思った。
 彼は舌を抜き取ると、俺の唇を舐めた。輪郭を確かめるように、丁寧になぞった。
「先生」
 呉羽くんの顔が耳元に近づいた。「先生、ホントはずっとこうされたかったんでしょ?」
 クスリと笑う気配が耳朶を掠めた。
 そっぽを向いて目を伏せた。
 ヤバイ。
 きっと今、俺、涙眼だ。
 俺は先生なのに。この子は生徒なのに。
 何も言い返せない自分が腹立たしい。
 抵抗できない自分がもっと悔しい。
 呉羽くんは机の上のメガネを取り、俺の前に差し出した。
 メガネをかけると呉羽くんの顔がはっきり見えた。
 真顔で俺をじっと見下ろしていた。
「今度先生んち行っていいっすか?」
「え?」
「一応俺も音楽やってるんで。先生がどんな部屋で曲作ってんのか気になるんです」
 呉羽くんはニッコリと笑った。問題児の名に似合わない、実に爽やかな笑みだった。

 彼は身を翻し、扉に向かって歩き始めた。俺が慌てて呼び留めると、彼はここに来た本来の目的に気づいたようだった。
「そういや進路先言ってませんでしたね。K大って書いといてください」
 つまらなそうにそう言うと、彼はさらに「あ」と呟いた。
「先生。さっきの話ですけど」
「……なん?」
「プラナリアって有性生殖ができる奴もいるんすよ。あんなにちっちゃな生物でも、交尾することから離れられないんです。知ってました?」
 呉羽くんはヒラヒラと手を振り、また俺に背を向けて歩き出した。
 途中で独り言のように、「先生なら知ってるか」と言うのが聞こえた。
 悠々と歩く彼の背中は、俺より一回りも二回りも大きく見えた。
 呉羽くんは開きっぱなしのドアに手をかけ、そっと閉じた。開けた時と対照的に、音ひとつしなかった。
 彼の足音は徐々に小さくなり、やがて消えた。 
 部屋の中には冷え切った静寂と闇が訪れた。
 気づいたら、俺は窓からずり落ち、タコのように床にへたり込んでいた。
「……腰、抜けた」
 うつろな目で広い生物室を見渡した。
 彼の去った景色は、綺麗さっぱり現実感が抜け落ちてしまったように見えた。
 けたたましい窓の外の掛け声も時間の流れも、何もかも遠い世界の出来事のように思えた。
 陽の沈みかけた暗い空間で、俺は独り、今まで感じたことも無い熱を持て余していた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
教師唄は学校では猫かぶってるといいよ
白犬は「同僚同士で組んだ、学校に内緒で活動してるバンド」という設定にしてます。
某所の皆さんも作り話作ってくださいよ~


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