雨が降る日は
更新日: 2023-02-27 (月) 15:00:19
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
マイナー邦楽より由良由良定刻の六弦唄→四弦
勇気だして投下します。
端正な顔立ちと青白い肌は、ひょっとしたらぬらぬらと光るその黒髪を際立たせる為にあるのかもしれない。
『あ…ども。初めまして』
『ーどうも』
初対面でそんな身勝手な感想を抱いてしまう原因は、長い年月を経て、彼自身の代名詞となる程にその体を占めている。
夜光虫がどんな生き物か当時も今もはっきりとは分かっていないのだけれど(図鑑で何度も調べたのに、何故かいつもすぐに忘れてしまう)、きっとそれは擬人化したらこうなるのだろうと。
いつどんな風にどれくらい神経を割いているのか、いっそ女に産まれた方が良かったんじゃないかと、度々思わざるを得ないそれ。
「四弦さんてどこのシャンプー使ってんですかね、羨ましい」
「さあ…そう言う話しないですから」
「どこの美容院行ってるとか」
「ー分かんないですね」
20年。娘よりも妻よりも長く、会話のネタが尽きる程の時間を一緒に過ごしているのに、その話題が上った事は無かった。
特別意識して避けた訳じゃなく、単に触れられなかったのだ。無意識の内に。よく知りもしないくせに神聖化して。
(バカじゃねぇの)
格好こそ漫画の登場人物を思わせるほど非現実的なものだけと、彼が人間である事なんて自分が一番知っている。飯も食うし大声出して笑うしトイレにだって行く。
妙なイメージを持たれる事の不快感は自分だって知っているのに。何を、そんなに、遠慮するのか。
「……」
「ん?」
「雨」
「ー布団干すんじゃなかったな」
練習が終わり、用事があるのかバタバタと帰ったドラマーを見送った後。特に用も無いのに2人でモタモタしていた所に、窓をぱたぱたと刺激する水音。
「さっき『湿気がある』って言ってたの、当たったね」
「今に始まった事じゃない。…髪がベタベタするから」
確かに。雨の日限定のその口癖は、歌詞として使ってしまったくらい耳にこびりついている。鬱陶しそうにサイドの髪を耳にかける仕草も、不機嫌そうに皺の寄る眉間も、日常生活の光景でしかない。目に焼き付いたかなんて、一々意識しない。
「雨は嫌い?」
「うん」
「湿気のせい?」
「だから髪が「でもこんなにきれいなのに」
「!?」
エアガンの銃口を向けられて瞬時に飛び立つカラスを思わせた。静かな余韻を残して、髪が暴れる。「あ…ごめん」
「ーびっくりした」
たまに見せる下手くそなその半笑いはシャイな彼なりの精一杯の社会性の表れで、自分はこの表情がお気に入りだった。「昨日の取材で、髪が羨ましいって…ライターが女の人だったんだよ」
「ああ…」
「洗うの大変じゃない?」
「もう馴れたから…別にそんなに色々やってる訳じゃないけど」
「きれいなのに」
「…ありがとうって言った方が良いのかな」
これ以上この話を続けたらイジメになってしまうかもしれない。
「いやいや…そろそろ帰んなきゃ」
「布団?」
「カミさん今外だし、子供もいないし」
狂ってぐるぐると回り続けていたコンパスの針が、ようやくぴたりと止まった様な錯覚。砂漠の真ん中、もう迷わない。砂に足を取られながら、歩く。
「傘は?」
「無いけど迎え来るから」
「ん…じゃあ」
「ん」
そう言えば彼が車の免許を持っているかどうかもよく知らない。
20年。そこらの動物ならまず死んでしまう時間。
(他愛の無い話はいくらでもして来たんだけど)
吐き気がする程長く濃い間柄のつもりだったけど、自分の思い過ごしでしか無かったのか。例えば「迎えに来る」のが「誰」なのか、それすら自分はたった今知り損ねた。
(ーだからどうしたって気もするけど)
あの髪がまだ肩に付かない頃から自分は彼を知っている。小さな事柄の一つや二つじゃ覆せない関係を、今更どうして考え直す必要があるだろう。
うつろな表情で迎えを待つ彼を目の端で確認して、勢いを増した雨の音に耳を傾ける。不思議と、音楽をかける気にはなれなかった。
(20年か…)
賛辞を言うついでに何の気なしに触れた髪は、今まで出会ったどんな女のそれよりも柔らかく、幾筋か混じった白髪さえ美しいと思った。いつも病的な色の肌が赤く染まり、目には恥じらいと驚きと警戒の光が浮かんで、まるで全く違う生き物に見えた。あんなもの、俺は知らない。
(ーだからどうした)
初めてだ。あんな表情も、あの黒髪に触れたのも。そしてそれは彼に笑顔を繕わせるほどの出来事だった。
こんなに近くにいるのに、ずっとそばにいるのに、触れられない場所がまだ腐る程残ってる。
「…畜生」
2人きりだった小さな砂漠に雨が降り注いでぬかるみに足がはまる
でもきっと君はそんなのをものともせず1人行ってしまう
君に触れられない俺をそのままに
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
一部改行失敗サーセン!
お目汚し失礼しました。
- ふと思い出して、十数年振りに読みに来ました。やっぱり良い。萌えました。 -- 2023-02-27 (月) 15:00:19
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