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萩野原

前スレに入りきらなかったので改めてこっちに投下させてくらはい。
恥の上塗りで相すみません。
史実のエピに萌えて書いた。

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                     |  細道シリーズの師匠と弟子だってさ。
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 | __________  |    ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄|  死にネタ注意だよ。
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 | | |> PLAY.       | |               ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | |                | |           ∧_∧ ∧_∧ ∧∧ マジカヨ
 | |                | |     ピッ   (´∀` )(・∀・ )(゚Д゚ )
 | |                | |       ◇⊂    )(    ) |  ヽノ___
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宿のうすい布団に病んだ青年が横たわっていた。顔色は紙のように白く、数日来ろくな食べ物をうけつけていないため、ひどく面やつれしてしまっている。
そのかたわらで外聞もなく泣きじゃくっているのは、青年よりひとまわり以上も年かさの男だった。
「――いい加減にしてください、芭蕉さん。うっとうしい」
眠ると見えた青年は、目を開くとしっかりした口調で言った。枕元に白湯の入った急須とともに置かれた手ぬぐいをつかみ、男の顔面に投げつける。
「洟を拭いてくださいよ。ただでさえ抵抗力が落ちてるんだから、バイ菌のかたまりを垂れ流されては迷惑です」
辛辣な物言いは常と変わらず、芭蕉は「バイ菌ってなんだよ!」と条件反射的に言い返しながら、顔をぬぐった。
弟子の曽良は、金沢に着いたころから体調を崩していたが、ここ山中温泉まで来て、とうとう倒れてしまった。
はじめのうちこそ鬼の霍乱、命の洗濯ができると思っていた芭蕉だったが、曽良が寝込む日が長引くに連れて、事態の由々しさを悟らないわけにはいかなかった。
これからどうすれば良いのかわからない。曽良の回復がいつになるかも知れず、旅を中断しようにも、江戸はまだまだ遠い。なにより、普段は鬼のごとき弟子が顔を青褪めさせ、マーフィー君のようにぐったりしているのを見るのは、思った以上につらかった。
「曽良君……ごめん」
「……? 何を謝っているんですか」
いぶかしげな弟子を見下ろして芭蕉は鼻をすすった。
「私は、何も出来なくて……」
曽良は何も言わず芭蕉を見上げたが、ふと目をそらし、よそを向いたまま口を開いた。
「伊勢に親類がいます。そこを頼って養生させてもらおうと思います」
「え……?」
「ここでお別れしましょう。僕は明日の朝伊勢に発ちますから、芭蕉さんは予定通り残りの旅程を続けてください」
「そんなっ、そんなのできないよ!」
思わず大声が出てしまう。曽良と別れて旅を続けるなど、考えられなかった。
「わ、私には一人旅なんて無理だよ……」
引き止めるために泣きごとを言う。しかし弟子は、そんなことは予想済みとばかりに、金沢で知り合ったばかりの俳人や行く先の知己の名を挙げるのだった。

「芭蕉さんに一人旅が出来るとは思っていません。当面は、金沢の北枝さんが同行してくれます。大垣まで行けば、如行さんの家に泊まれます。手紙を出しておきましたから、敦賀まで誰か迎えをよこしてくれるでしょう」
何もかも用意周到な弟子だった。思えば、旅費の管理から宿の手配、各地で俳席を設ける段取り、すべて曽良がやってくれたのだ。そうして事務的なことをこなしつつ、曽良が叱咤し、(文字通り)尻を蹴飛ばしてくれたから続けられたような旅だった。
「……ごめん、病人に気を回させて……」
「まったくですよ」
ばっさりと言って、曽良は何を思うのか、起き上がろうとする。芭蕉はあわてて助け起こした。腕をまわした身体は記憶よりも軽く、頼りなかった。白い夜着につつまれた肩が、痩せて尖ってしまっているのを芭蕉は痛ましい思いで見た。
「こんな体で、伊勢まで行けるのかい」
このまま抱き締めて、あるいは縋り付いて、行かないでくれと言おうかと考える。
しかし曽良は芭蕉の腕を押しのける。
「足手まといがいなければ、それくらいの旅はできます」
そっけない応えだった。相変わらず師を師とも思わぬ言いようには、さすがに悲しくなってくる。
うつむいてしまった芭蕉の前で、曽良はきちんと正座し、布団に手をついた。
「――師匠。かえすがえすもお世話いたしました」
「ああ、え…ええ? 曽良君いま師匠って……。ええ!? なにその挨拶?」
あたふたと聞き返すも、曽良はもう知らぬ顔でそっぽを向いている。その視線の先にあるのは、縁側を隔てる障子か、その向こうの夜の闇か。あるいは実体を持たぬ思い出の姿なのかもしれない。
今の言葉が弟子の精一杯の気持ちの表現なのだと、芭蕉には飲み込めた。もとより曽良の決めたことを覆すなど、できそうもない。
「……うん、世話を焼かせたね」
秋の虫が盛んにすだいていることに、今更ながら気づいた。
「都をば、かすみとともにたちしかど――。……長い旅になりましたね」
曽良が静かにそう言った。

翌朝、芭蕉が目を覚ましたときには日が高くなっていた。旅のあいだ毎朝乱暴に蹴り起こされるのが通例だったが、曽良が病気になってからはそれもない。
「はっ、曽良君は!?」
曽良の布団はきちんと畳まれ、荷物はすっかりなくなっていた。宿の者をつかまえて訊くと、
「今朝はやく発たれましたよ」
と言う。
見送りもできなかったのだった。
芭蕉が呆然と立ち尽くしていると、宿の者が呼びかけてきた。
「あの……お連れの方が、これをと」
渡されたのは一葉の短冊だった。曽良の綺麗な手蹟で句が書き付けてある。

 ―― 跡あらん 倒れ伏すとも花野原
(このさき道半ばで僕が行き倒れたとしても、秋草を踏み分けて歩いた跡が残っていることでしょう)

だからその時は、見つけてください――この亡骸を。
言外にそのような意味を含ませた、遺言にも似た句だった。
「……何だよこれ。俳句うまっ。うますぎるよ……弟子のくせに……」
曽良の字の上に、涙がいくつも落ちて墨をにじませた。

秋風がカサカサと音を立てて渡っていく。
すすきは白髪のように枯れ乱れ、桔梗もおみなえしも萎んで黄色くなり、ただ咲きおくれた白萩がほろほろと花びらをこぼす、寂しげな野だった。
草の海のような野には道どころか獣の歩いた跡すらない。
右も左もわからない場所で芭蕉は途方にくれていた。
「曽良君の嘘つき……。君が歩いた跡なんかどこにもないじゃないか」
心細く呟きながら、枯れ草を掻き分けて歩き出す。
(いや、そうじゃない。曽良君は先に行ってなんかいない……)
夢うつつに思い出す。
そうだった。
曽良はあのあと伊勢で体を治し、大垣まで迎えに来てくれたではないか。
再会できたときはうれしかった。でも、別れていたあいだに作った句を見せたら、風呂の焚き付けにされてしまったっけ。そんなことすら、今となっては懐かしく思える。
いまや記憶ははっきりしたものになった。
みちのくの旅路は何年も前に終わったこと。そのときの思い出をもとに紀行文を書いたこと。紀行文には曽良が良いと言った句しか載せさせてもらえなかった。曽良の作った句も、仕方がないのでいくつか載せてやった。
そして今、上方に向かう旅の途中で病に伏しているのは、自分自身だということ。
自分のたましいは衰弱した体を抜け出して秋の野にいるのだろうか。
「そうだ……これで良い。これで良いんだ。これが正しい順番だ」
誰の踏み跡もない枯野を進みながら、芭蕉はひとりごちた。弟子が師匠に先んじて良いはずがない。やっと、あの不遜な弟子も順序をわきまえたのだ。
小雪のような白萩の花を手のひらに受けて進む。
旅を終えて、江戸に帰ってからはわずらわしいことが多かった。人はとかく派閥を作りたがり、俳諧の世界もその例外ではなく、人間関係に悩まされることが多かった。
その度に、奥州の細い道々を、過ぎ去った時間を恋しく思った。弟子に蹴られたり、溺れかけたり、弟子に平手打ちされたり、悪いキノコにあたったり、弟子にあやうく国外追放されそうになったり、艱難辛苦の道のりだったが、この上なく自由だった。
そして自分はまた旅に出、旅の途中で死のうとしている。
満足すべきなのだろう。
それにしても、死出の道がこんなにもさみしいものだとは知らなかった。

唐突に川べりに出た。三途の川と思しきそこは、なぜか最上川にそっくりだった。あまりに懐かしい風景に、思わず曽良が後ろにいるような気がして振り返る。けれどもそこには、茫々とすすきがそよぐばかり。
芭蕉は急に憤りを覚えた。猛烈に腹が立った。
「普通、ここは引き止めに来る場面だろ……! 『師匠、そっちに行ってはいけません!』って! やい曽良、弟子なら止めに来んかい!」
呼び捨てにしても怒られない代わりに、応えてくれるものもない。
芭蕉はその場にしゃがみこみ、涙ぐんだ。
考えてみれば、曽良が引き止めてくれることなどないような気がした。それどころか、奪衣婆さながらに着物を剥ぎ取られて三途の川に突き落とされかねない。その場面が鮮明に想像できてしまい余計に泣けてくる。
「曽良君、曽良君……会いたいよ」
この期に及んで思い浮かぶのは曽良のことばかりだ。
「この弟子男!!」
叫んだ声がむなしく川面にこだました。

「この弟子男!!」
芭蕉は自分が叫んだ声で目を覚ました。気がつけば魂魄は体にあり、体は病床にあって天井の板目を見上げていた。心配そうにおずおずと覗き込んでくるのは、上方の知人だった。病気の知らせを聞いて駆けつけ、世話をしてくれている。
「どうかしましたか、芭蕉さん……」
「あ……いえ。……夢を、見たんです」
まだ、彼岸には渡らずに済んだらしい。芭蕉は目を閉じて息をつく。まぶたの裏に枯野のまぼろしがあざやかに見える。芭蕉は、知人に声をかけた。
「墨をあたってくれませんか。一句できたので……」
長い夢だった。みちのくの旅の終わり、そして白い萩の花咲く野原。
旅をすれば、行く先々で助けてくれる人がいた。人づき合いを厭うこともあったが、知人にも友人にも――弟子にも、恵まれていた。
この句は江戸にいる曽良に届けてもらおうと思った。良い句ができましたねと、言ってくれるだろうか。
(曽良君、私は君に褒められるのが、何よりうれしかったんだよ……)

深川の、以前は芭蕉庵と呼ばれた小さな家の近くに、曽良は変わらず住んでいる。奥州行脚の旅費を捻出するために、芭蕉は芭蕉庵を売ってしまったのだが、江戸に帰ってきてから時折かつての住居を懐かしんで、曽良の家に泊まることもあった。
その家を上方からの使いが訪れたのは、秋も去ろうとするよく晴れた寒い日だった。
「そうですか」
報せを聞いても曽良は眉ひとつ動かさず、淡々とそう言っただけだった。使者は戸惑いながら預かってきた文を差し出した。松尾芭蕉の最後の句が記されている。

 ―― 旅に病んで 夢は枯野をかけ廻る

曽良は長いあいだ黙ってその文字を見つめていた。やがてひっそりと、
「――良い句ができましたね」
と口にした。
「ええ。まったく素晴らしい句です」
使者は己に向けられた言葉と思い相槌を打ったが、曽良は彼を見てはいなかったのだった。たった今、余人の存在を思い出したというように目を瞬く。間を置いて、深々と頭を下げた。
「遠路はるばる、ご足労をおかけしました。……お帰りはお気をつけて」
自身も俳人である使者は、曽良と松尾芭蕉について語り合い、共に行った旅路の思い出のひとつも聞けたらと考えていたのだが、そう言われてしまっては辞去するほかなかった。
曽良は門口まで立って使者を見送った。つましい庭の一角に、萩が時期におくれた白い花を散らしている。
訪問者が去ったそのあと、
「……言ったでしょう。良い句ができればいくらでも褒めますと」
誰にともなく呟く曽良の声を、聞く者もない。

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 | | □ STOP.       | |
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蛇足 文中の曽良の句は出典によって違う(改訂されている)のですが、初案に近いと言われるものをチョイス。というか一番萌えるのを(ry
死にネタでごめんなさいでした。
そして前スレを汚して申し訳ありませんでした。
復活の呪文置いていきます。
つ【アブラカタブラ ホイホイホイ!】


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