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あなたが だいすきです

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

某スレのアレ。

一瞬、何が起きたのか解らなかった。
突如、視界を覆った黒。危ない、という聞き慣れた声。甲高い悲鳴。無茶だ、という声も混じっていた気がする。
どん、という鈍い音。追うのはばしゃ、という水音。
また、悲鳴。そして、闇が晴れた。
「メフィスト2/世っ!」
そう叫んだのはこうもり猫だったか。そこで初めて、闇の正体が彼だと知った。
今まさに右方向へと視界から消えていく、白いシャツが頂く真っ赤なネクタイが、やけに大きく思えた。
「いやああああっ!」
悲鳴。鳥乙女だろうか、それとも幽子か。悲鳴の理由が見つからない。
否。脳が拒絶している。
「よくもメフィスト2/世をぉっ!」
怒りに顔を真っ赤に染めた妖虎が土ぼこりをあげて駆け出す。
勝利の笑みを浮かべんとしていた悪魔は、次の瞬間には真っ青な炎に包まれていた。
「ギャァァァァァァァァァァ!!」
断末魔。耳をつんざく、嫌な音。だがそれが、一つではない。
「…………え?」
足元。足元に、黒い固まり。真っ赤なじゅうたんに横たわる、黒衣の悪魔。
元より白い肌を青白く変えて、彼は虚ろな目で主を見ていた。
「よ、か、っ……た」
ごぼり。赤黒い液体が、気味の悪い音を伴って吐き出される。そんな姿を見てもなお、主の脳は現実を理解しようとしなかった。
「メフィスト2/世っ!」
駆け寄ってくる仲間達。その中央で、黒衣の悪魔はひうひうと空気を吐き出した。
「死んじゃダメだモン!」
百目が縋りつく。が、地に転がった白い手はぴくりとも動かない。
「だ、旦那ぁぁっ、しっかりぃっ!おいこらピクシー!早く薬、薬を作れよこのグズッ!のろまっ!とんとんちきっ!」
こうもり猫が急き立てるが、双子の小鬼はうなだれたままメフィスト2/世を眺めるばかりだった。
「メフィスト、2/世?」

やっと、声が出た。皆が弾かれたように振り向き、やがて力なく2/世の方へ向き直る。
倒れたまま動かない、真っ赤なじゅうたんをどこまでも広げる悪魔に、真/吾はそっと触れた。
「へ、へ、ごめ、な」
ごぶり、ごぼり。言葉を押し出すたび、赤暗色が地面を叩く。
生暖かいそれに触れて、真/吾はようやく眼前の悪魔が死に行こうとしているのだと理解した。
「いやだぁぁぁぁっ!!」
縋りつく仲間を掻き分け、真/吾は2/世を抱き起こした。その胸には、致命傷となった大きな刄が、背中から貫通していた。
「やだ、やだよ、2/世、何で、そんな、やだ、いやだ、2/世、2/世っ!」
何度名を呼んでも、赤く汚れた唇は動かない。虚ろな瞳はどこを見ているのか定かでなく、だらりと垂れた両腕も動く気配はない。
「いやだ、いやだよ、2/世、目を開けて僕を見てよぉっ!」
膝をついて座り込めば、生温い液体が下肢を汚す。彼の体から流れ落ちたそれの中で、真/吾は声のかぎりに叫んだ。
「……………………」
それに、応えたのか。ただ垂れているだけだった右手が、ゆるゆると持ち上がり真/吾の頬に触れる。
驚いた真/吾が見たのは、精一杯の笑みを浮かべた愛しい悪魔。
震える唇は言葉を紡がず、声にならない3つの音を静かに形作った。

頬をゆるく撫でていた手がふいに力を失った。ずしりと重みがかかり、真/吾は重量を支えきれず2/世の体ごと血液のじゅうたんに突っ伏す。
ああ、と声が上がって、真/吾は目をむいた。
「に、せい?」
聞こえない吐息。
伝わらない心音。
閉ざされた瞳。
薄く開いたままの口。
それが何なのか、解らない真/吾ではなかった。

「メフィスト2/世さぁんっ!」
幽子の甲高い悲鳴を待っていたかのように、全員が泣き出した。……ただ1人、真/吾を除いて。
徐々に温もりを失っていく体を抱き締めたまま、真/吾はただ震えている事しか出来なかった。
泣く事も、忘れて。

葬儀は、その日の夜に行われた。葬儀といっても、棺に彼の体を納め、そこに皆で花を添えて、土葬するだけの簡単なものだ。
「土葬、なんだね」
両手いっぱいの花を抱えた真/吾が呟くと、メフィストが小さく頷く。
「火葬するのは、とんでもない罪を犯した悪魔だけじゃよ」
自分よりも早く逝ってしまった1人息子を見下ろしながら、ぽつぽつと並べられる言葉にさえ、仲間たちは肩を震わせ俯く。
泣き腫らした目元をこすり、棺に花を入れる百目は何度も首を左右に振って、その度に付き添う鳥乙女がそっと小さな体を抱き締めていた。
12人の仲間からいっぱいの花を貰った2/世は、言われなければそれと解らぬほどきれいな顔をしていた。血を拭い、軽い化粧を施した肌は死人のそれとは思えない。
「メフィスト2/世、まだあったかいもん!まだ、生きてる、もぉん!」
「そうね、でもね百目ちゃん、あったかいけど、2/世さんは、もう、死んでるのよ」
同じく目を腫らした幽子がそう口にして、最後の一輪を2/世の手元に手向けた。
そこでいよいよ耐え切れなくなったのだろう、はじかれたように走り出すとそのまま部屋を飛び出していってしまった。
「あっ、幽子!」
既に献花を終えていたユルグが後を追い、部屋を飛び出す。ドアの向こうから、押し殺した泣き声がかすかに届いた。
「さ、悪/魔く/んの、番よ」
涙をぬぐって笑いかける鳥乙女に、しかし真/吾は笑い返すことが出来ない。泣く事も、出来ない。
無表情のままゆっくりと棺へ歩み寄り、花に埋れた第一使徒と対面した。
別れの言葉はおろか、今までの楽しかった思い出すら思い浮かばない。頭が、意識が、考える事を、思い出す事を必死になって拒絶している。

自分をなだめる言葉も、自分を慰める言葉も思い浮かばない。ただ淡々と花を捧げ、記憶にあるよりも随分硬い頬に触れて棺から離れた。
棺が閉じられても、それが大きな穴に下ろされても、その上に土がかけられても、真/吾が泣く事はなかった。
短い葬儀を終え、会話もなく見えない学校へ戻った面々は、満足に言葉を交わす間も無くそれぞれの部屋へと消えていった。
1人、大広間に残った真/吾は、何をするでもなく椅子に腰掛け、本人も気付かぬ間にある場所へ視線を送っていた。
集まれといっても、なかなか傍に来なかった彼。2人きりなら不要なほど傍に来るくせに、いざ皆と集まるとなると妙に距離を置く事があった。
そんな時、いつもそこに座っていた。己の身長の何倍もある大きな窓、それも部屋の奥のほうにあるそれの窓枠に腰掛けて、外を見ていた。
片足を上げてよりかかるようにして、決して長くない足をわざわざ見せ付けるように格好をつけて座るのが常だった。
そうでなければ、空中に座している事も多かった。鳥乙女や家獣、こうもり猫よりもよっぽど空中に居る時間が長かったように感じる。
そうでなくても木の上だの何かの上だの、とにかく高い場所に居る事が多かった。
「……」
メフィスト2/世という存在が完全に抹消された世界で、真/吾の思考はくるくるとよく回った。先ほどまで、頑なに沈黙していたのがウソのようだ。
だが、恐らくは。あのまま沈黙していてくれたほうが、よかったのだろう。
要らぬ事まで、考えてしまうから。
「……立ち止まって、いられない……」
言い聞かせるように呟いた直後、視界が歪んだ。
「ッ」
目から熱いものが零れ落ちる。彼がこの世を去ったのだと知った瞬間から今の今まで、気配すら無かったそれが後から後から溢れてくる。
「ぅ、ッ、く、ぅ、ッ、にせぇ……ッ」
色が変わるほど強く両手を握り締め、真/吾はテーブルに突っ伏した。

「1人に、しないって、約束したじゃないかっ……!ずっと、ずっと一緒だって、何があっても守ってくれるって……!」
拳でテーブルを叩き、クロスを握り締めて頭を振る。溢れ出る涙が言葉を歪め、吐き出す言葉が不明瞭になっていく。
その間も、思考はくるくる回り続ける。真/吾が望まずとも、くるくると、くるくると。
「にせぇ、にせぇぇっ……!」
2/世に会いたい、2/世と一緒に居たい、泣いている場合じゃない、前に進まなきゃ、自分こそがしっかりしなきゃ。
2/世が居なくなってしまった、2/世に会いたい、ここで立ち止まればこの悲劇が繰り返される、前へ進まなきゃ、前へ、前へ、前って、どこ?
混濁した思考が無数の言葉と現実を混ぜ合わせる。どれだけの間そうしていたか解らないが、あるとき真/吾は絶望に歪んだ顔を上げ室内を見回した。
「……違う」
室内には誰も居ない。恐らく、きっちりと閉じられたドアの向こうにも誰もいないだろう。
「僕が、1人なんじゃない」
乱暴に涙を拭い、真/吾は椅子を降りる。もう一度室内を見回して、彼から貰った最初の贈り物である唐草模様の風呂敷マントの裾を握り締めた。
「2/世が、1人ぼっちなんだ」
辿り着いた事実を口にした途端、背筋を冷たいものが滑り落ちる。冷たい土の下で眠る2/世を思い浮かべた真/吾は、迷う事無く足を踏み出した。
いつの間にか、外は真っ暗になっていた。時計は見ていないが、もうそれなりに遅い時間だろう。
こんな時間の悪魔界を1人で動き回るなんて正気の沙汰ではないと知ってはいたが、そんな事に構っている暇は無かった。
幸いにも、外はさほど寒くは無かった。自宅の窓から見るのとは違う、赤々と光る月を見上げて、真/吾は見えない学校を抜け出した。
行き先は、当然、彼が眠る場所。歩調は見る間に上がり、とうとう真/吾は走り出した。

「言って無いのに、2/世に、何もまだ言って無いのに……」
きり、と音を立てて歯を食いしばり、真/吾は先を急ぐ。
「お礼なんて全然言い足りないし、他にも言いたい事、いっぱいあったのに……何より僕、2/世に、一番大事なこと、言って無いのに」
墓地までは、さほど遠くない。それでも辿り着いた時には、すっかり息が上がってしまっていた。
「まだ、はぁ、まだ、何も、全然、言って無いのにっ」
地面に膝を突き、真/吾は土を掘り返し始めた。つい今しがた被せられたばかりの土は柔らかく、素手でも容易に掘り進められる。
だがそれでも、棺の蓋を外すにはそれを覆う全ての土を取り除く必要がある。爪に土が食い込んでも、皮が剥けても、構わずに手を動かし続けた。
手を汚すのが土なのか自らの血なのか解らぬほど汚れきった頃、ようやく棺の蓋に手が届いた。
より一層速度を上げて土を掘り返し、追いやり、真っ赤な月明かりを浴びながら全ての土を取り払った。
「は、ぁ、はぁ、はっ、あ、に、にせぇっ」
棺の蓋に手をかける。少々重たくはあったが、何とか……邪魔者を取り除いた。
「2/世……」
彼はまだ、花に囲まれて眠っていた。鼻先にラーメンを近づけたなら起き出すのではないかと思うほど、安らかな寝顔だ。自ら掘り返した土の上に座り込み、真/吾は涙を浮かべたまま笑った。
「2/世、愛してるよ」
語りかけても、何も返ってはこない。それでも真/吾は、微笑みかけたまま言葉を投げかけ続けた。

「僕ね、すごく感謝してるんだよ。君に。君、僕と出会ってから、満足に家に帰って無いでしょ?ずっと僕の傍に居て、僕のこと、守ってくれたよね。
 助けてくれたよね。僕が宿題のノート忘れた時、取ってきてくれたよね。僕が本に夢中で階段を踏み外しそうになった時、さりげなく助けに来てくれたよね。
 僕に何かあった時は、必ず駆けつけてくれたよね。まだあるよ、僕にラーメンを持ってきてくれたり、スコーンだっけ、おやつを分けてくれた事もあったよね。
 君がつれてってくれた場所、沢山あるけど、全部覚えてるよ。君の背中、とっても乗り心地よかったよ。こんな事言ったら家獣が怒るかもしれないけど、家獣よりもずっとずっと乗り心地、よかったよ。
 だから僕、君に乗ってあっちこっち行くの、大好きだよ。君と色んな所に行って、色んな事して、笑ったり、ケンカしたり、考えたり、悩んだり、とっても楽しかったよ。
 ねえ2/世、聞いてる?僕、ホントに君の事が大好きで大好きで、とってもとっても愛してるんだよ?」
真/吾は恐る恐る棺の中へ降り立つ。眠る彼の体を踏まないように気をつけながら2/世の上で四つん這いになると、きっちり閉じ合わされた唇に自らのそれを押し付けた。
「おかしいよね、男なのに、男が好きなんて。でもね、僕ね、本気で君に恋してたよ。君が来るとドキドキした。君を見たらドキドキした。君に見られたら、もっともっとドキドキした。
 君と一緒に居るのが楽しくて、君と一緒に居られない授業がすごく嫌で嫌で仕方なかった。他の皆も大切だけど、君は、ホント、特別なんだよ」
冷たい唇に何度も口付けを落とし、真/吾は冷たい体を抱き締めた。どんなに強く抱き締めても、もうあの優しい心音を聞く事は叶わない。
「……なのに、君を、独りぼっちにしちゃった」
冷たい胸に頬を寄せ、真/吾は目を伏せる。涙が零れて、2/世の白いシャツに小さなしみを作った。
「どうしよう、このままじゃ、僕、君を本当に独りぼっちにしちゃう」

抱き締めたこの体は、いつかは朽ち、土へと還っていく。魂を失って、更にこの体まで失うなんて、とても耐えられなかった。
それが、解っていたから。あの時、真/吾は考えることを拒絶していたのだ。
「ねえ、どうすればいい?どうしたら、君とずっと一緒に居られる?約束したもの、僕だって、君を1人にしないって約束したんだもの」
どんなに問いかけても、答えは返ってこない。閉じ合わされた瞼に口付けて、真/吾は必死になって考えた。
「どうしたらいいんだろう、どうすれば、君とずっとずっと、一緒に居られるんだろう」
失うなんて考えたくも無い。その為には、何か決定的なものが必要だった。
誰に奪われる事も。
誰に邪魔される事も。
誰の干渉を受ける事も無く。
彼と、共に在り続ける方法。それが早急に必要だった。
「…………!」
考えに考えた結果、真/吾はある物語を思い出した。

ドジな猫と、生意気な魚のお話。
宙返りの1つも満足に出来ない、ドジな猫は、兄猫達に笑われ、母には呆れられる毎日を過ごしていた。
そんなある日、小さな池で小生意気な魚と出会った。
2人は、友達になった。
2人が仲良くなるにつれて、ドジ猫は立派な猫に成長していった。
ドジ猫と呼ばれていたのがウソのように、宙返りもジャンプも華麗にこなすようになった。
だが、ある日。魚の事が、兄猫に知れてしまった。
母猫は、魚を獲る試験をすると言い渡した。それは、友達が殺されるのを見守るか、または自らが彼を殺すか。いずれかを選ばなければならないという事だった。
2人は毎日毎日、考えた。悩んだ。
試験が目前に迫ったある日、魚は言った。死ぬ覚悟は出来た、と。取り乱す猫に、魚は言った。
殺されるなら、君がいい。と。
君に、食べられたい。と。
君とひとつになって、ちっぽけな池を飛び出し、君と一緒に、どこへでも行って、色んなものを見たい、と。
猫は涙を拭い、応えた。 ぼくは、あなたを、たべます。と。

試験の日が、来た。兄猫達は、ずぶ濡れになって魚を追い回した。魚も負けじと潜り、飛び跳ね、攻撃を避け続けた。
とうとう末っ子……かつてドジ猫と呼ばれた猫の番になった。
猫は優しく友に語りかけ、戦い、そして――――
魚と、ひとつになった。

「……ごめんね、2/世」
そっと頬を撫で、唇をなぞり、真/吾はもう一度口付けた。
「僕、君を、食べるよ。君の全部、食べるよ。食べて、君と、ひとつになるよ。君を独りぼっちになんかしない、僕と、いっしょになろう?」
真/吾の問いに答える声は、当然無いけれど。
真/吾には、彼が笑ったように、見えた。
そうと決まれば、ここから彼を連れ出さなければならない。どう考えても、一度に全てを食べ尽くす事なんて出来はしない。食べ尽くすまでの間、彼を隠せる場所が必要だ。
「……とにかく、ここを離れないと」
墓穴から空を見上げ、真/吾は噛み締めた歯の間から息を吐く。こんな所を誰かに見られたら、それこそ一大事だ。
「2/世、大丈夫だからね、今度は僕が、君を守るからね」
横たわる愛しい人にそう告げて、真/吾は一足先に墓穴を出た。2/世と1つになるには、まずこの棺から彼が姿を消した事を悟られない様にしなければならない。
棺から2/世を連れ出して、蓋を閉じ、元通り土を被せて形を整えるだけでも、一仕事だ。
「絶対、2/世と一緒に居るんだ……!」
大切に抱き締めていた想いの為に、彼の為に、真/吾は傷だらけの手に土を取った。
「手伝おう」
「!?」
心臓が口から飛び出すかと思った。恐る恐る振り向いた先には、かつて自分が憧れた悪魔が立っていた。
「メフィ、スト」
一体、いつからここに居たのか。何処から何処までを聞いていたのか。全てを知ってしまっているのか。自分が、彼を、食べると宣言した事も、知ってしまっているのだろうか。
青ざめる真/吾の前で、メフィストは1つ大きな溜息を吐くとステッキを取り出して軽く振った。
「ほれ、早く乗りなさい」

乗れと言われて示された方を見ると、魔導カーがあった。そこにはもう、眠ったままの2/世が腰掛けているではないか。
墓穴を見ると、そこはもう真/吾が来る前の状態に戻されていた。
「え、メフィスト?」
話が掴めず困惑の表情を浮かべる真/吾に、メフィストは笑顔とも困り顔ともつかぬものを向ける。
「さ、話は後じゃ。まずはここを離れよう」
そっと背中を押されて、真/吾は2/世の横に乗り込む。3人で乗るには少々窮屈だが、今はそんな事は言っていられない。
「行くぞ」
「……はい」
物言わぬ2/世を抱き締めて、真/吾はメフィストの運転に全てを任せた。
魔導カーは夜の闇を飛び、辿り着いた先はメフィストの家だった。
何をどうしていいか解らぬ真/吾を魔導カーから下ろすと、2/世の遺体を抱きかかえ、何も言わずに歩き出した。
「ここ……」
広い屋敷の中を歩き回り、案内されたのは天蓋つきのベッドが中央に堂々と座する部屋だった。
「せがれの寝室じゃよ。このところ、ずっと使われてなかったがの」
この豪華な部屋が使われないでいた理由をよく解っている真/吾は、ベッドへ横たえられる2/世をただ見詰めるだけだった。
「悪/魔く/ん」
「……はい」
次は、何だろうか。身構える真/吾に差し出されたのは、小さなナイフだった。
「食べすぎには注意するんじゃぞ」
あっけにとられ、真/吾はナイフを受け取るのも忘れてメフィストを見上げていた。
2/世を食べると宣言した事を聞かれていた事よりも、メフィストがそれをあっさりと許した事が驚きであったし、信じられなかった。
「わしゃ、せがれが望んでいるであろう事を、叶えてやりたいだけじゃよ」
メフィストはそう告げて、真/吾にナイフを握らせると部屋を立ち去った。戸が閉ざされ、2人きりとなった室内で、真/吾はナイフを握り締めたままベッドへと近づいた。
ナイフを強く握り締めたままベッド脇に立ち、ベッドに横たわる愛しい悪魔を見つめる。彼を土の下から救い出す際に傷つけた手を撫でれば、乾いた土がぱらぱらと絨毯の上に降った。

「こんな汚い手で触ったら君、怒るよね」
何か手を洗うことの出来るものは無いかと室内を見回すと、壁ぎわに小さな観葉植物らしきものとジョウロがあった。物は試しとジョウロを手に取ると、それはずしりと重かった。
「汚い水でごめんね」
ややひからびた植物の上で手を洗い、早足で2/世の元へ戻る。再びナイフを手に取り、さあどこから食そうかと視線を泳がせた。
食べやすいのは指先だろう。ごくりと音を立てて生唾を飲み、しみ一つない手袋に手を掛けた。
然したる抵抗もなく外された白布の下には、青白い肌があった。この手が、真/吾を守っていた。支えていた。引っ張っていた。
繋いだ事もある。殴り合いの喧嘩になったこともある。突き放したことも、引き寄せたこともある。
その手を、今から。
「ちょっと、痛むかも」
死後硬直さえ解けた手を握り、その左手の小指にナイフを当てた。ずぐり、とでも言えばいいのか。何とも言えぬ音を残して、小さな指は切り離された。
「……」
赤黒く汚れたナイフを握ったまま、真/吾は左手を解放して小指を拾い上げた。
「2/世……」
自分のそれより幾分小さな指。緩やかなカーブを描く腹にそっと口付け、意を決して口内へ招き入れた。
冷たい固まりが、口の中にある。歯を立てるのが申し訳なくて、でも丸呑みに出来る大きさでもなく、飴のように舐めながら迷う内、じんと舌が甘く痺れてきた。
「……?」
痺れ始めた舌はやがて確かな甘味を感じ始めた。随分暖まった指に歯を立ててみると、甘味は一層強まった。
「……ッ」
大粒の涙が零れ落ちる。固く閉じ合わせた目蓋を震わせて、真/吾は指を咀嚼した。
「2/世、美味しいよ、2/世っ」
ナイフを握り直し、再び左手を持ち上げる。始めの内こそそうして切り分けていたが、やがてまどろっこしくなって直接歯を立てた。

文字通り、真/吾は2/世を貪った。肉を齧り、骨を噛み砕き、滲み出る体液や血液を啜った。口や顔、シーツに至るまでが汚れていくことも気に留めず、腹が満たされるまで口を動かし続けた。
「はぁっ、はぁ、はっ、はぁ、はっ、はぁっ」
満腹を感じ、ベッド脇に崩れるように座り込む。上がり切った息を整えることもままならぬまま、悪魔を見やるとまだ左腕を根元まで失ったのみだった。
「これじゃあ、時間が掛かりすぎる……」
肩を上下させ、真/吾は涙と体液で汚れた顔を拭う。悪魔の体がどれほどで腐りだすかなど知りもしないが、いくら何でも一週間も二週間もこのまま、という事はないだろう。
だが、食べられる量には限界がある。真/吾はもともと、大量に食べる方ではない。
最大限の努力をするなれば、毎日の三食を全て……彼にする。これ以上はない。
その為には、一日に食べるだけの骨肉を切り分けて持ち帰るか、或いはここに来なければならない。見るからに食肉でないそれを、大量に持ち歩くのは良策とは言えない。
だが、連日連夜、家で一切の食事を摂らずにいるなどという事が、果たして可能だろうか。夜は頻繁に抜いていたが、朝というのはあまり経験が無い。それを連日となると、不要な詮索を生みかねない。
「君と、一つになるって決めたのに……っ」
無理をすれば、まだ食べられる。が、無理とは祟るもの。
「……2/世」
「やはり、その辺りが限界か」
戸の開く音もなく侵入を果たした人物に驚きもせず、真/吾は縋りついた悪魔の体を抱き締める。
「悪/魔く/ん」
亡骸の父が優しく肩を叩き、振り向くように促す。おずおずと振り向いた真/吾が見たのは、寂しげな笑みを浮かべるメフィストの顔だった。
「悪/魔く/ん、どうか、せがれを一緒に連れて行ってやってくれ。その為なら、何でもしよう」
一緒に。その音を聞くや、真/吾はこみ上げるものを耐え切れずぼろぼろと泣き出した。
一緒、一緒と繰り返し、何度も何度も頷いて、声を上げて泣いた。

朝は普段より相当早く起きて早く行かなければならないと理由を付け、何も食べずに家を飛び出す。そのまま学校へは向かわず、メフィストと合流し、魔界へ。
昼は先生に呼ばれているだのと言って仲間の輪を抜け、やはりメフィストと合流して魔界へ。
夜は夜でいつもと同じ調子で、調べものがあるだのと言ってしまえば誰も干渉してこない。それをいい事に、また魔界へ行く。
右腕。右足半分。残り半分。左足半分。残り半分。腰部分。内臓半分。残り半分。胸。
3日かけて喰われ続けた2/世の体は、とうとう頭部を残すのみとなった。
この3日間、2/世以外に口をつけた固形物など無い真/吾は、もう涙を流す事も無かった。
あの部屋へ行くたびに、どんどん自分と2/世がひとつになっていくのが嬉しくて、楽しくて仕方が無かった。
「とうとう、頭だけになっちゃったね、2/世」
微笑む真/吾は、2/世の頭をそっと持ち上げて口づける。化粧を落としたその顔はやはり死人のそれだったが、もう悲しむ事ではない。これを食べてしまえば、願いが叶うのだから。
一人にしないと誓った。
ずっと一緒だと誓った。
誰にも渡さないと誓った。
全てが、成就する。
「いただきます、2/世」
微笑さえ浮かべ、真/吾は2/世の頬に歯を立てる。びりびりと痺れる舌で肉を撫で、唾液と混ぜ込んだ肉を飲み下す。
痺れはじわりじわりと全身に広がり、真/吾はベッドに倒れこんで『食事』を続けた。
「2/世、とっても美味しいよ。ほら、もうすぐ、一緒になれるよ?」
骨を齧り。
「この目で、ずっと、僕だけを、見ていてね?」
眼球を噛み砕き。
「きっと君も、我慢してたよね?もう、言っていいんだよ?」
薄い唇は丸呑みに。
「ずっとずっと、囁いていてあげるから、聞き逃したりしたらダメだよ?」
耳は軟骨の食感を存分に楽しんでから。
「君の骨、とっても丈夫だよね。ラーメンばっかり食べてるわけじゃなかったのかな?」
骨はそのつど、小さく噛み砕いて。

「知ってた?脳を食べたら、記憶を共有できるんだってさ」
根気よく削り続けた骨の間から、淡いピンク色の塊が覗いた。脂肪と神経細胞の塊であるそれに骨の間から舌を伸ばして、表面を撫でるように舐めた。
「君が何を見て、どんな事してきたのか、全部見ちゃうからね?」
骨に歯を立てて穴を広げ、頭皮と髪も一緒に飲み下す。やがてぽっかりと空いた穴の中に、つやつやと光る脳が姿を現した。
「いただきます」
にこりと微笑んで口を開き、ピンクに口付けるときつく吸い上げる。
その瞬間、舌と体の痺れは頂点に達した。
「ぁあ……」
肝臓を食んだ時と同じ、濃厚かつ滑らかな口当たりに震えが走る。もう二度と普通の食事なんて出来ないのではないかと思いながら、真/吾は脳を啜った。
その間にも骨を噛み砕き、肉を齧る。
じわじわと小さく軽くなる顔に、一体何度口付けたのだろう?
「……あぁ、もうこれで最後だよ、2/世」
『食事開始』から30分。真/吾の手の中には、角と少量の髪、ちいさな脳の欠片と一塊の肉を残すのみとなった。髪と肉を絡めて咀嚼し、脳はその後でじっくりと味わった。
残ったのは角だが……これが骨より硬く頑丈で、とてもじゃないがトンカチ等で砕かないと食べられそうに無かった。
「……君、角って結構敏感だったよね……トンカチなんかで殴ったら気絶しちゃうよね……」
付着していた頭皮も全て綺麗に食べつくされた骨を優しく撫で、真/吾はその先端に音を立てて口付けた。
「まぁいいや。これは君と僕が1つになった証だよね」
手の中にすっぽり納まってしまう角を優しく撫でて、真/吾は主を失ったベッドの上に四肢を投げ出した。
恐ろしく満ち足りた気持ちだった。ほんの数日前、気が狂うほどに泣いたのがウソのようだ。彼と1つになった、彼の全てを手に入れたのだという事実が、あの日の彼のように真/吾を優しく包み込んでいた。
「これでずっと一緒だね、メフィスト2/世」

うっとりした顔で角を舐め、引く様子の無い痺れに身悶える。細胞の一つ一つにまで彼が行き渡って、抱き締められているかのようだ。
「愛してる、愛してるよ、メフィスト2/世。ずっとずっと、君だけだよ」
もう何処にも居ない悪魔に愛を囁いて、真/吾は満ち足りた息を吐いた。

笑うようになった真/吾を、仲間達は安堵の目で見ていた。
辛い出来事だったけれど、乗り越えたんだと。
だから、誰も気付かない。
あの土の下に、彼がもう居ない事に。
真/吾の笑顔の真実に。
『お守り』と称して持ち歩くモノの正体に。

「ずっとずっと、ずーっと……一緒だよ、2/世」

真/吾が毎晩、そう囁いている事も。

【das ende】

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

最初に注意書くのスポーンと忘れてたorz
この手の話が苦手なのに読んでしまった姉さん達、誠に申し訳ないorz


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