四弟子と一弟子とちょこっと師匠
更新日: 2011-05-03 (火) 21:50:01
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )朝銅鑼、地理とて陳 四弟子と一弟子と瞼の裏の師匠
週末放送を見たら萌えが止まらなくなりました
それは、間が悪かったとしか言いようのない場面だった。
偶々用事で出向いた先の近くに彼が住み込む店があり、偶々頃合いのいい時間だったので、
どうせなら一緒に稽古に向かおうか、と。
そんな軽い気持ちで訪れた件の店の前で、自分は予想だにしなかった修羅場に行き会ってしまった。
当事者は二人。
一人は身なりもきちんとした年輩の男。
そしてもう一人は……自分が尋ねようとしていた当の本人。
店の前で何やら揉めている現場を呆然と見遣り、固まってしまった自分に、彼が気付くのには
さほど時間はかからなかった。
ふとした拍子に流した面倒そうな視線の先に自分の姿を見咎めた瞬間、彼の切れ長な目に
驚きと同時にある物騒な光が閃く。そして、
嫌な予感がした。
そしてその予感の通りに、
「兄さん!」
彼はいつも自分を呼ぶ呼び方から適確にある部分だけを取り除いた形で声を上げると、
その勢いのまま男の手を振り解き、立ち竦む自分の方へ駆け寄ると、瞬時この腕を取ってきた。
「なんやったんや、あれは!」
夕暮れ時の橋の上、自分を尻目に飄々と先を行く背中に向け、その時草弦は堪らぬ詰問をぶつけていた。
しかし、
「なんやって、何がですか?」
問われた相手、恣意草の口調は相も変わらずしれっとしたもので、それに草弦の憤りはますます
昂ぶる羽目に陥った。
「人の事、いきなりやらしい呼び方しくさって!」
「やらしいって、草弦兄さんは草弦兄さんやないですか?何か変なとこでもありましたか?」
「わざわざ固有名称部分だけ削って呼ぶんがやらしい言うとるんや!」
「そうでしたか?咄嗟やったんで気付きませんでした。」
嘘や、絶対わざとに決まっとる。
人の問い詰めを軽々と交わして、そんな風に嘯く可愛げの無い弟弟子の背中に、草弦は再度歯噛み
する思いを味わう。
確かに、確かに彼が自分を兄呼びする事は芸事の世界ではごく普通の事ではある。
しかしそれがすんなり世間で通用するかと言えば、それはまたまったく別の次元の問題で。
それが証拠に自分はあの時、恣意草と相対していた男に思いっきり怪訝な目を向けられた。
無理もない事だろう。
容姿においてそこそこ人並みな自分に対し、この弟弟子は些かクセはあるものの、概ね美形と
呼んでいい範疇の整った顔立ちをしている。
そんな彼と自分が一見して実の兄弟に見えるとは到底思えず、それでもあの時相手の男がバツの
悪そうに立ち去ったのは……
「いったい誰やったんや。」
おそらくは何らやましい事があったからで……
知りたいような知りたくないような、そんな複雑な思いを抱えながらそれでも草弦は恣意草に問い質す。
しかしそれにも最初、恣意草は事を煙に巻くような返事しか返さなかった。
「別に。ただの知り合いです。」
「嘘つけ。あれのどこがただの知り合いや。」
「嘘やないですって。」
「だったら、どう言う関係の知り合いか言うてみい。」
「……まぁ、ただの“ゆきずり”の知り合いです。」
「そう言うのは知り合いとは言わん!」
やはり案の定な結論を出され、草弦は瞬間頭を抱えたくなる衝動にかられる。
いや、別に人の云々の路のアレコレに口出しをするつもりは欠片も無い。
いくら弟弟子とは言え、彼は実社会で言えば最早それ相応の年の男ではある訳だし、だからそれに
ついて言及するのは無粋もいい所だと言うのはわかってはいるのだが、しかしそれでも、
「なんで男……」
正直、自分の常識の範囲を超える事態に頭がついていかなくて、思わずそんな呟きが口から零れる。
するとそれを聞き取った恣意草が、この時おもむろに顔を背後に向けながら問うてきた。
「女やったら良かったんですか?」
「…っ、そういう意味やない!」
苦手な分野を攻められ、からかわれているとわかっているのに、それを更に煽るような直情的な
返事しか返せない。
しかしそんな草弦に、恣意草はこの時不意にその目元を和らげたようだった。そして、
「ほんまに、そんな気にしてもらうような事やないんですよ。」
一瞬の笑みの後、すぐさま顔を元に戻し、その歩みを止めぬまま、恣意草は言葉を続けてゆく。
「名前もなんも知らん、本来はそれっきりやった相手です。こっちかて何も言わんかったんに、
どこで住所調べてきたんやろなぁ。正直ちょっと怖い所もあったから、草弦兄さんが来てくれて
助かりました。」
しかしそう言われたところで、納得も安心も出来るものではない。
それ故、押し黙ってしまった草弦の沈黙をどう受け取ったのか、この時恣意草は続けざまにこう
告げてきた。
「お礼、せなあきませんか?それとも何か口止め料、必要ですか?」
どちらかと言えば低く、独特な響きを持つ恣意草の声。
それが突然、張りのある艶を帯びる。
それは草弦の過去の記憶の中、彼が高座に上がった時の物にひどく良く似ていて、だから、
感じた胸の動悸と共に、さすがに鈍い自分でもこの話題、この瞬間においてその意味を取り違える事は
なかった。
「あっ、阿呆な事言うなやっ!」
それ故、慌てて否定の声を上げる。と、それに恣意草は後ろを振り返らぬまま小さく噴き出した
ようだった。
「ええ、わかってます。冗談です。」
「おまっ…」
「僕は、人の家庭を壊す趣味はありませんから。」
「はぁ?」
「それは師匠のとこを見てたらわかりましたでしょう?」
クツクツと咽喉の奥を震わせて恣意草が笑う。
そしてそのいっそ陽気な声の明るさに引き摺られるように、ふと思い出した彼の過去の姿は、
確かにいつも暖かい光の淵にあった。
皮肉屋で、生意気で、人との関わりに常に一枚の膜を張っているような印象を持つ末の弟弟子。
それでも彼は、あからさまに相手に対する好意や独占欲を表に出す他の兄弟子達とはまた違う形で、
己が師匠を慕い、その側に寄り添う女将さんを受け入れ、少し距離をおいた場所からそんな光の
中心を静かに見守るような男でもあった。
それだけで十分なのだとばかりに、仄かな笑みを引き締めた唇の裏に隠して、いつも彼らを
少し離れた場所から見遣っていた。
「だからあれは、ちょっと気が迷っただけです。」
思えば先程の男の年の頃は、師匠と同じくらいか。ならば、
「あの頃は……ちょうど寒うなり出した時やったから。」
草弦は対比のように思い出す。三年ぶりに再会した時に訪れた、彼の部屋の光景を。
窓を締め切り、カーテンで光を遮り、雑多に投げやりに物の溢れた空間に蹲り、息を潜めていた彼。
家族を養うという逃げ道のあった自分に対し、彼にはあの後、行き場がどこにも無かった。
だから心に負った傷を癒せぬまま慕った人を恨み、己の感情を殺し、それでも閉塞していく絶望と
孤独に押し潰され、追い詰められ……それを暴かれた瞬間、彼は壊れたように泣いた。
堰き止められぬ感情に流されるまま泣きじゃくる、あんな子供のような彼の姿を見たのは、
あの時が初めてだった。
要領が良く、計算高く、何かにつけ大人だと思っていた彼が懸命に縋り付いていた最後の希望が、
あれ程ささやかなものだと知ったのは、本当にあの時が初めてだったのだ。だから、
「……ええんか…?」
かつての居場所に帰り、昔垣間見せていた柔らかさを徐々に取り戻しながらも、それだけで
満たされたと言い切ってしまいそうな、意外なまでに欲の無い末の弟弟子に、ついそんな言葉が口をつく。
それに彼はこの時、ようやくその足を止め、ゆっくりと踵を返してきた。
不思議そうな恣意草の顔がこちらに向けられる。
「草弦兄さん?」
「それで…それだけでおまえは本当にええんか?」
その顔を見遣りながら、それでも自分は何を言っているのだと思った。
こんな風に煽って、自分に責任が取れるのかとも思った。
そしてそんな困惑が素直に面に出ていたのだろう。
瞬間、こちらを見遣っていた恣意草の口許には、殊更偽悪的な笑みが浮かび上がった。そして
「なんですか?草弦兄さん、僕に家庭壊して欲しいんですか?」
「……っ、違うっ、そうやなくて…!」
彼がわざとそんな物言いをしているのだと言う事はわかっていた。
しかしそれに対し上手く切り替えせず焦りどもる自分に、彼はしばしの沈黙の後、やがて
静かな呟きを告げてきた。
「ええんです。」
「……恣意草…」
「ほんまにええんです…少なくとも今年の冬は、一人で凍えんでも済みそうですから。」
そう言って彼はこの時、一人視線を上に投げた。
だからそれにつられるように、草弦も己が頭上を仰ぎ見る。と、
視界いっぱいに広がっていたのは、淡い朱に染まった秋の空だった。
暖かに燃える色のそれに、まだこれから訪れるだろう厳しい冬の気配は見えない。だから、
「行きましょう、草弦兄さん。」
せめて今だけは、まだこのままで。
告げると同時、彼の背が返される。
生意気で、意地っ張りで、そのくせ人一倍繊細な彼の矜持。ならば、
「厄介なやっちゃな…」
見守ってやるのが、せめてもの兄弟子の務めか。
思うと同時、草弦の足も踏み出される。
そしてその歩調は、気付けば先を行く彼に追いつこうとその速度を早めていた。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
反省は多々あるが後悔はしていない…
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