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抜け雀

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 | | □ STOP.       | |
 | |                | |           ∧_∧ ナマ ラクGO家 タテ/カワ/ガッテンシショー
 | |                | |     ピッ   (・∀・ )  ×シュンプウ/テイ/ショタシショー
 | |                | |       ◇⊂    ) __   マイナーで申し訳ない
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _)_||  |
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)  ||   |

飲み屋から出るとそこは雪国だった。いやね、マジでさ。
本当の所雪国と呼ぶには本場雪国に申し訳ないんだけど、2センチも積もれば
交通機能が麻痺するには十分な都会な訳だ。唖然としちゃったよ。レンズ越しに
目を眇めながら見上げた夜空は薄ぼんやりとしていて、寒さだけが身に沁みる。
「あー、確かに降り始めてたよなぁ」
「そうだったよね」
「ショウちゃん初雪ってはしゃいでたじゃない。しかしたった三時間でこんだけ
積もったか」
「積もるんだねぇ」
隣で眉間に皺を寄せながらぼやいたシノさんに呑気に相槌を打っていたら睨まれた。
俺が真剣に話聞いたからって、いきなり雪が溶けるもんでもないでしょうに。
しかしここにつっ立っている訳にもいかない。何より俺は寒さに弱い。二次会に
行くにしろ帰るにしろ、早く決めなきゃ風邪ひいちゃうよ。
都会の雪は性質が悪くて、現にたった三時間で道路がシャーベット状になっちゃってて
べしゃべしゃだ。これじゃぁ車だって走り難いだろう。
時計の針はもうとっくに日付変更線を越えていて、電車も止まっていれば、空車の
タクシーも捕まえられそうにない。弟子の誰かに迎えに来てもらうにも、用意周到に
スタッドレスタイヤを履かせている奴がいるとも思えなかった。
さてさてどうするか。
ここから家に帰るなら、割合近い俺は兎も角としてシノさんは徒歩じゃ無理だろう。
困った顔をしつつもコートのポケットから取り出した煙草を銜えたシノさんに、
ヘビースモーカーって人種は何故に隙あらば煙草を吸おうとすんのかねと不思議に
思いつつも、思案していた打開策が成立するか隣に突っ立っているコートの袖を引き
つつ尋ねてみる。

「ねぇねぇシノっち、明日何時から仕事?」
「夕方。ショウちゃんは?」
「お休み。じゃあさ、俺んち来なよ。こっからなら歩けるし。どうせあんた次の店
行く気満々だったじゃん。なら、うちで飲んで朝帰ったらいいでしょ?」
「……お言葉に甘えさせてもらうわ」
物理的に帰宅は無理そうだと判断したのか、それとも酒につられたのか、シノさんは
簡単に頷いた。

滑らない様に気をつけながらの家路は意外に時間がかかり、家のドアを開ける頃には
すっかり身体の芯まで冷え切っていて酔いも醒めていた。俺が速攻でエアコンの
スイッチをオンにして長火鉢に火をいれるのを、シノさんはコートを脱ぎながら
面白そうに見てる。旅先でもそうだけど、俺がちょこまか動くのを見るのが楽しいらしい。
変な人だね。
「うー、さむっ。……シノさん、座っててよ」
「んー」
「取り合えず、ハイ」
寒い寒いと口にしつつも取り合えずと考えず冷蔵庫から取ってきた缶ビールに口をつけて、
シノさんは顔を顰めた。言いたい事はよく伝わってくる。口に出すか出すまいか逡巡して
から文句を言った。

「……あの雪の中帰って来て、どうしてビール出すのよ」
「二次会といえども最初はやっぱりビールだろ」
「馬鹿じゃない」
「うるさいよ。それでも缶を離さないあんたも同じ穴の狢だもん。それじゃぁ駄目じゃん」
飲む前から分かるだろうに俺らも馬鹿だなぁ。手早くかけておいた銅製の湯沸しに徳利を
入れながら意地で500mlを飲み切って、とっとと日本酒に移行する。冬はやっぱり熱燗で
しょう。
趣味も考え方も全然違う、似ている所を探す方が難しいこの人と、こうやって顔を付き
合わせる様になったのはどうしてだろうと時々考える。大抵が酔っ払ってかけ合う
夜中の電話の最中で、本人を目の前にして考えるのは、あんまりない経験だけれど。
最近買ったジャズのCDの批評を始めたシノさんを眺めながら、ほどよく温まった
日本酒を口に含んだ。飲み下すと酒の通った所から、ほのかに暖かくなり胃の縁が
ぽっと温まる。
寒さに強張っていたらしい肩から力が抜けるついでに呟いた。
「……やっぱビールは問題あったかも」
「なっ、そうだろ」
あらあら、嬉しそうな顔。顔をくしゃくしゃにする爆笑と違って、胸の奥の方から
じんわりと滲み出てきたみたく皺の目立つ目元を柔らかく和ませる、この人のこういう
表情に俺はひどく弱い。喉の奥でくつくつと笑いながら、シノさんは唇の端を上げた。
「相変わらずショウちゃんは考えが足りねぇなぁ」
「やかましい。ぐだぐだ言ってるとシノさんの分の燗つけないからね」
「じゃぁ俺は何飲めばいいの」
「冷で飲めばいいじゃない。ご希望なら氷くらい入れてあげるよ」
「かんべんしてくれ」

煙草を揉み消しながら肩を竦めるシノさんの空になったぐい呑みに、笑いながらぬるい
酒を注ぐ。
何回目の乾杯かお礼なのか知らないけれど、シノさんは目の高さまで掲げてから、
美味しそうに飲み干した。
高座ではかけていないけど、普段はかけてるブローバーフレームの眼鏡を外して
テーブルの上に置いたシノさんは、やけにリラックスして見える。気を許されてるのが
分かるんだ。
それで逆に、自分の家なのに俺の方が何処か若干座りの悪い気持ちになっちゃう。
いつだったか、『安心して酔っ払える相手だ』と言われたのが頭を過ぎった。
俺もおんなじだったのに、何時からか今みたいな感情が心の隙間から顔を出す様に
なったんだろう。
思い返せば出会ってからこの方、酒飲みと分類される俺とシノさんは素面で長話をした
経験が殆どない。その代わりと言ってはおかしいけれど、その分酒を飲んでしか
言い合えない本音を語り合ってきた。
シノさんと飲んでいる時の酩酊感は、この人の作り出す噺の世界観の中に浸っている時と
似ているのかも知れない。
尊敬はしている。人間としても好ましい。同業者だから分かる凄さも才能も、嫌って程
知ってる。
だから惹かれる。
理詰めで考えたいシノさんと、感覚で走る俺とでは見ている方向はかなり違う。

生まれた地域が片や日本海、片や太平洋なんだから違いもするだろう。俺の持っていない
ものを沢山持っているシノさんを凄いとは思うけれど、妬ましいとは思わない。だって
見てる方向は違っても、辿り着く場所は一緒なんだろうから。ライバルとも違うし、
同士……もちょっと違う。純粋にそう言い切るには、心の中の一部分が自己主張して
邪魔をする。
自分の中にあるシノさんに対する気持ちを一つの言葉に集約させるのは、ひどく難しい
作業だった。

「……ちゃん、ショウちゃん」
肩を揺すられて目が覚めた。どうも先に潰れちゃっていたらしい。情けなくも畳の上に
転がってる俺の酔っ払った頭の中にはシノさんに対する感情がバラバラになった
ジグソーパズルのピースみたく散らばっていて、整理のつけ様がなくなっていた。
ざっと数えて1000ピースもあれば、十分難解なパズルになるだろうに。
そんな事を考えていたら、起こされている事に対するリアクションをころっと忘れてた。
「ショウちゃん、風邪ひくよ」
シノさん独特の掠れた声には、呆れたのと、それとは違う何かくすぐったいものが
混じっている様な、不思議な感覚で耳に届いた。大した事を喋っていなくても、
目を閉じて聞いているのが今は気持ちがいい。もっと喋っててくれないかな。
噺家に無料で喋れってのもどうかとは思うけど。
「起きねぇなぁ、ったく」
覗き込まれているのだと気配と瞼の裏っ側が翳ったので分かる。続いてそっと眼鏡の
フレームに指先がかかった。あ、眼鏡したまんま寝ちゃってたのか。

ゆっくりと眼鏡を引き抜くその手が、外見に似合わない繊細さと優しさを持っているのを
知っている。
狸寝入りがばれない様に呼吸のリズムを一定に保つのとは別の息苦しさ。
説明出来ないこの感情を、多分シノさんも抱えてるんじゃないかと、淡い期待みたいな
ものを持つ事がある。自惚れてんのかなぁと思うけれど。視線で、態度で、気配で。
携帯ラジオのアンテナを動かしたら、一瞬だけ拾った放送局の電波みたいに飛び込んでくる
ものがある。
シノさんがたまに見せる、苦いものを口にした様な表情の裏や、夜中に鳴る電話の片隅で。
あまりに微妙過ぎて確かめも出来ない。ないない尽くしって奴だ。自覚しちゃったが最期、
お医者様でも草津の湯でも治せない病になっちゃう、そんな不治かも知れない病を
ただでさえ荷物の多いこの人に背負わせるのは躊躇われた。
この関係を壊したくない、壊す勇気のない言い訳もふんだんに含まれてはいるけどさ。
不意に硬い指が頬にそっと触れた。
心臓がえらい勢いで跳ねる。肩が震えたんじゃないか、起きてるのを悟られたんじゃ
ないかとびくびくしたけれど、シノさん無言のままだ。
指先はゆるゆると滑ってまた止まる。手の平が頬を包む様に添えられる。
先刻まで吸っていたらしいキャビンマイルドの強い匂いと、微かな溜息。距離が近く
なったのを皮膚感覚で感じる。直接接触しなくとも熱は伝わってくる。
瞼が痙攣するのが早いのか、俺が耐え切れなくて起きちゃうのが早いのか。心臓が
早鐘みたく連打されるわ、一秒が非常に長く感じるわでもう大変。
もう降参しようと覚悟を決めた瞬間、タイミングが良いのか悪いのか、すぅっと気配が
遠ざかった。もう一度だけ落ちた小さな小さな溜息と一緒に落とされた呟き。

「……俺も修行が足りねぇなぁ」
期せず零された本音に、ずるい事をしているのだと自覚した。申し訳ないとも。
目を開けていれば、何かが変わったのかなと少しだけ考える。
俺とシノさんが出会ったのは、絵に描かれた雀が抜け出してくるよりは確率が高いけれど
それでもかなりのラッキーだ。お互いにあのタイミングで入門して出会ってなければ、
多分こんなに近い位置にいる事にはならなかったんだから。

ねぇシノさん。多分俺達二人の関係はまだ二ツ目なんでしょ。
最期に登場する真打になるには、まだちょっと足りなくて。
その足りないものが何なのかを見極めさせて欲しいんだ。

テーブルの上にぐい呑みが置かれるコトンって微かな音が聞こえる静寂に耳を澄ませ
ながら、オチの見えない気持ちの行方を手繰り寄せる方法や、今の俺の気持ちを上手に
表してくれる人がいれば、座布団でもガッテンでも差し上げるんだけどなぁ、
なんて情けなく考えていた。

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 | | □ STOP.       | |
 | |                | |           ∧_∧ お付き合いありがとうございました
 | |                | |     ピッ   (・∀・ )  この二人が好きで好きで仕方ない。ごめん
 | |                | |       ◇⊂    ) __
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _)_||  |
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