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震々(ぶるぶる)

                    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                     |  モノノ怪+高橋葉介「夢幻紳士(青年版)」だって
 ____________  \            / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | __________  |    ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄| 海坊主の二ノ幕中だと思ってくださいってさ
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 | | |> PLAY.       | |               ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | |                | |           ∧_∧ ∧_∧ ∧∧ 
 | |                | |     ピッ   (´∀` )(・∀・ )(゚Д゚ ) イッカイ ナラベテミタカッタンダ
 | |                | |       ◇⊂    )(    ) |  ヽノ___
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震々(ぶるぶる)
 ぶるぶる又ぞヾ神とも臆病神ともいふ。人おそるヽ事あれば、身戦慄してぞつとする事あり。これ
此神のゑりもとにつきし也。
                     ──鳥山石燕 今昔画図続百鬼

『おぉまえのぉぅぉ、ぃいちばんおそろしいものはぁああ、なぁんだぁぁぁ!』
 海のアヤカシが問う。自分の唇が答えを告げる。
「薬売りさんッ!」
 少女の悲鳴がどこかで響く。かき鳴らされる、魔物の弦。幻をもたらす鎖が額を貫き、一瞬の、は
げしい苦痛と酩酊感をもたらす。視界が暗くなる。目をあげれば、ただ闇。手をかざせば、その手指
が徐々に闇にほどけていく。腕が、手足が、侵食する虚無と、温度さえない無感覚に呑みこまれてい
くのを感じる。
 目を閉じる。目の裏の闇にすら、真の暗黒、無の深淵が流れこんでくる。意識が遠ざかる。その意
識の残滓すら、春の雪のように、溶けて消える。中身を失った着物が崩れ落ち、鏡が転がる。
 その音すらも、無い。ここには何も無い。虚無。形も、真も、理もない世界。
 そして、やがてはその虚無すらも、存在しなくなる──。

「──はて」
 暗黒の中に、男の声は場違いに陽気に響いた。
「僕はまた、いったい誰の夢に迷いこんでいるのかね。ちょっと人と待ち合わせをしていて──でき
ればご婦人を、お待たせしたくはないんだが」
 漆黒の無のただ中に、そこだけ光るように白く、顔と両手が浮いていた。
 実際には闇にまぎれる黒ずくめの、この時代には存在せぬ洒落た洋装をまとい、顔の下には三角に
刳れた上着の襟の線に切りとられた、大きく襞を取ったシャツの白。つば広の、やはり黒の帽子を伊
達者らしく傾けて、いぶかるように中空を見る。
「できればこの夢の主に出てきてもらって、出口を教えてもらいたいんだが。このままじゃ、本当に
約束に遅れてしまう。──おや」

 かたたたたたた、かたたたたた、と、遠いどこかで音がする。
 どこかせっぱつまった空気を感じさせるその音に、男はしばらくじっと耳をすまし、
「うむ──ああ。ははあ」と声に出してうなずいた。冷たいほどに整った、女性めいて美しい顔が、
にやりと不穏な笑みを浮かべる。
「良く判った。では、しばらくはつき合おう」
 上着のポケットから煙草を取りだし、器用な手つきでくわえて火をつける。一瞬、暖かな橙色の光
があたりを照らし、すぐに消える。男はうまそうに煙を吹く。紫煙がゆらりと、闇に漂う。
「むかしどこかで、こういうことを言った詩人だか、小説家だかが居た。──『恐怖を克服するのに
もっともいい方法は、自分が、その恐怖そのものになることだ』、とね」
 かたたた、かたたた、とどこかで音がしている。
 男はかまわずに話を続ける。
「だが、恐怖と愉悦とは双子の兄弟、いや、ほぼ同一のものだという説がある。例として、同じ場所
で、同じ恐怖に襲われた男女は、その後、恋に落ちることがあるそうだ。恐怖が生存本能、というよ
り、生物としての子孫存続の本能を呼びさまし、その結果、脳内物質が恋愛という生殖のためのスイ
ッチを押すのだと言われているがね」
 また、ふっと煙を吐く。
「──僕はそれは、違うと思う」
 星のような煙草の火がちらちらとまたたく。
「人間は何故、怖がるのか。それは、いろいろな理由が考えられるだろう。死の恐怖。自分がこの世
に存在しなくなる恐怖。肉体を傷つけられる、苦痛への恐怖。さまざまな喪失への、孤独への恐怖。
ここでいちいち挙げるいとまもないほど、恐怖には、ありとあらゆる理由がある。だが、たいていの
場合、見過ごされる恐怖の理由がある。──人はね」
 かたたた、かたたた、とせっぱ詰まった音が鳴りつづける。
 形のいい唇に、剃刀のような笑みが浮かぶ。

「人は、そう、──怖がりたいから、怖がるのさ」
 ──かた、と音が止まった。
「恐怖とは、人間の抱く感情の中でももっとも強いものの一つだ」
 骨までしみる沈黙の中、男はまったく動じずに、悠揚と煙草を吹かす。
「なにしろ生存本能に直結しているからね。山で木の実をあさっていた猿の時代から、恐怖は人間に
とりついて離れない。だが、猿が猿でなくなり、馬鹿な知恵をつけておたがいの腹の中をさぐり合い
するような、小賢しい真似をするようになってから、人はいろいろな動機と方法で、自分の中に眠る
欲求をなんとかして隠そうとするようになった。自分からも、他人からもね。恐怖はその、もっとも
大きな道具の一つだ。なにしろ、たいがいの人間にとっては、〈自分の欲望をありのままに目にする
こと〉以上に、恐ろしいものはないのだから──そして人は、恐怖と一体化する。
 人は恐怖し、そして、──恐怖を愉悦する」
 男の、わずかに笑みを含んだ声ばかりが響いた。
「さあ、君の恐怖はなんだった? 『形も、真も、理もない世界が、存在するのを知るのが怖い』
か? そして君はそれを知り、一体化し、この世界の無の一部となったわけだ。
 どんな気分かね? 嬉しいか? もう怖くはないか? それとも一体化したその恐怖の、愉悦に浸
っているところか? もっとも、問うても答える口はなかろうが」
 ふーっ、と男は煙を吹いた。
 どこか、どこかはるか遠くで、かすかに身じろぎする者の気配がした。
「さて、君がそれほど恐怖するほどに、望んだものは何だったのか。自らの消滅? だが、それだけ
ではなさそうだ。現にあそこで、まだ消えずに気をもんでいる者が居る」
 煙草をはさんだ指をあげて、黒い男ははるか頭上を指さした。
 がたん、と激しい物音が響いた。がた、がたたたた、と、最初は小さかった物音が、しだいに強さ
を増してくる。
「背を向けるほうの痛みが強いか、それとも、背を向けられる者のほうが痛いか」
 しみじみと男は言った。

「そんなことは僕の知ったこっちゃない、が、どうやら君にとっては重大問題なようだ。
 ──いつか、君と〈彼〉と出会えなくなる日が来るかもしれない」
 どこかで何者かが息をひそめている。追いつめられた獣のようなそのわずかな気配に、狼のように
男は笑った。
「──どこまでも続くこの世の果てに、形も、真も、理も存在しなくなり、もはや一瞬なりと〈彼〉
と触れあえる機会さえ、なくなるかもしれない。あるいは、自分よりも先に、〈彼〉のほうが消えて
しまうかもしれない。
 そうなる前にいっそ、自分の方が先に消えてしまえば、どんなに安心だろう、いつか来る痛みを、
孤独を、怖れずに済むだろう──と、そういうことかね?」
 頭上の轟音は、大勢が高下駄で床を踏み鳴らすよう。
 男はちらりと上を見あげ、にっと唇の端をつり上げて、煙草の火を暗闇に差しつけて、
「夢の理、──恐怖の理。恐怖の、愉悦の、この場の『真』と『理』──見切った。あとは形だ。そ
ら出ろ、『形』」
 ふーっと長く紫煙を吹く。
 吹き払われるように闇が消え、片ひざついた薬売りの男の姿がそこに現れる。
 指一本、髪一筋欠けるところもなかったが、長く引いた鮮やかな袖と帯は足もとに力なくしおた
れ、あたかも氷雨にうたれた胡蝶のよう。下から見あげる紅を差した目もとは、どこか怨ずるようで
もある。
 男は苦笑する。
「そんな目で見ないでほしいね、なんだか妙な気分になっちまう。そっちの趣味はないはずなんだが」
「……非道い人ですね。あなた」
 ごく低く、薬売りは呟く。
 その短い言葉にどれだけの意がこめられているかは、おそらく彼と、彼の目の前にいる、黒い男だ
けが知っている。
「うん。良く言われる」

 平然と返して、男は新しい煙草に火をつけた。
「それよりとっとと夢から醒めて、僕をここから出してくれないか。本当に約束の時間に遅れそうな
んだ。それに、君の片割れは、気短な上に嫉妬深いらしい。〈彼〉と喧嘩をするはめにはなりたくな
いのでね」
 と上をさせば、頭上の音はもはや暗闇そのものを叩き壊さんばかりに、ごんごんごうごう、まるで
吠え猛る野獣のよう。
 薬売りは黙って目をそらし、片手をあげて、裾を払う。無言のままで指をさし、この夢からの出口
を示す。
「ああ、ありがとう。それじゃ」
「待ってください」
 くわえ煙草で帽子に手をあて、踵を返した黒衣の背中に、追うように声をかける。
「あなたの名は。──名は、何とおっしゃるんです」
「──僕の名前は」
 ほんの一瞬足を止めて、黒衣の男は振り返る。
 玲瓏と白い端正な顔に、小悪魔めいた微笑が広がる。
「夢幻です」
 言い果てて、はや姿もない。笑みを含んだ声の、谺ばかりが愉しげに、
「夢幻、──魔実也というのですよ」

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