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慶応F・大佐と中尉

今日がバースデーイブの大佐で1本。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
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ラノレフの後ろを歩いていたクラ一クが、突然「あ」と「う」の中間のような
奇妙な声を上げて止まった。というより固まった。
「ん? どした?」
「あ、いやその……たいしたことじゃないんですがね」
ラノレフがわけを訊いても、妙に歯切れが悪い答えしか返ってこない。
クラ一クのそんな姿は珍しく、ラノレフは首を捻ってしまった。
「なんだなんだ、おかしなやつだな。もしかして熱でもあるんじゃねえのか?」
ラノレフは無遠慮に、クラ一クの額に手を伸ばした。
クラ一クの古い傷痕を覆うように自分の手を押し当て、
反対の手で自分の額に触れ、ラノレフは再び首を捻る。
「……別に熱ってわけでもないのか」
「体調はいつもどおりですよ。そういうことじゃないんです」
ラノレフの大きな手で少しずれた帽子とサングラスを直しながら、
クラ一クは困ったな、という顔をする。
「本当にたいしたことじゃないんです」
「そういう言い方されると、かえって気になるじゃねえかよ」
「それがわかってるから、こんな顔してるんですよ――聞きたいですか、理由」
「もちろん」
「ですよね」
クラ一クは溜息をひとつ吐くと、今度はさっきとは反対に、
自分の手をラノレフへと伸ばした。
その太い指が、意外なほどの器用さでラノレフの髪の1本だけを摘み上げる。
「ほら、これですよ」
白髪だった。ラノレフの暗い色の髪の中で、その1本だけが白く光っていた。

不似合いな白だった。
ラノレフはタフで陽気で、いつだって馬鹿みたいに騒がしい。
普段はまったく年齢というものを感じさせず、
実働部隊の中でも1、2を争う年長組だということを、皆がほとんど忘れているほどだ。
あれは5歳は逆サバ読んでるんじゃないか、
いや10歳は読んでてもおかしくないだろう、などとさえ陰では言われている。
ずっとそのままなのだろう、と誰もが思っていた。
それを真っ向から否定する、1本の白い髪。
だがラノレフは驚く風もなく、クラ一クの指先からそれを摘み取ると、
小さく「痛ぇ」と呟きながら無造作に抜いて捨てた。
「そうなんだよなー、最近時々生えるんだよ。気が付くと抜いてるけど」
「最近って、いつからです?」
「ここ数年かな。35を超えてから」
「全然気付きませんでしたよ」
「抜いてたんだから気付かねえだろ」
「……あなたでも、歳を取るんですねえ」
「何当たり前のこと言ってんだ。こちとらリーチもリーチ、
あと数時間もすりゃ。明日から花の40歳だ。
白髪の2本3本生えたっておかしくない歳じゃねえか」
「いや、それはそうなんですがね、なんていうか、その――」
クラ一クは呆然としていた。何気ない風に会話は続いていたが、
呆然、いやほとんど愕然と言った方がいいかもしれない。
打ちのめされたような気持ちで、長年の相棒を見つめていた。
ラノレフの一番近くにいるクラ一クさえ、こう思い込んでいたのだ。
この男はタフで陽気で、馬鹿みたいに騒がしくて、歳など感じさせなくて
――ずっとこうして、嘘みたいに若々しいまま生きていくのだと。
そんなことはなかった。ラノレフにだって白髪は生える。少しずつ老いていく。
いずれ筋肉も神経も衰えて、伝説の傭兵はただの老人へと変わる。
そんな当たり前のことから、自分は目を背けていた。
わけのわからない願望を抱いていただけなのだ、とクラ一クは不意に思い知らされたのだ。

ずっとこのまま。そう思っていた。思い込んだままでいたかった。
明日の命の保障すらない傭兵稼業に「ずっと」も糞もありはしないのを、
承知の上でそう信じていたかった。
こうやって軽口を叩いたり怒鳴りあったり、笑いあったりしながらずっと、ずっと。
それは幻想だった。クラ一クの幻想だった。
例え戦場で死なずに済んだとしても、時は残酷に流れ続け、
いずれは機関銃でもナパームでも倒せない「寿命という死」が、この男を迎えに来る。
「ずっと」なんてない。ラノレフでさえ、それを超越することはできない。
それは当たり前の話だったが、こうして目の前に突き詰められてみると、
なぜだかそれは凄まじく圧倒的な事実なってクラ一クを凍り付かせた。
だが、それを溶かしたのもまた、ラノレフの一言だった。
「そう言うお前だって、皺できてるぞ」
「え?」
「自分の顔なのに気付いてなかったのか? 目尻のとこな」
「それ、本当です?」
「嘘だと思うなら鏡見て来いよ。サングラス外してな」
 そう言ってラノレフはにやにやと笑う。
「お前だって四捨五入で40代リーチだろ?
いい加減に認めろよ。俺もお前も、いい歳したおっさんなんだよ。
もう若くないのはお互い様ってこった」
確かに、自覚はあった。
食の好みが少し変わったとか、筋肉の上にうっすらと脂肪が乗るようになったとか、
昔は無茶とも思わずしていた無茶がキツくなってきた、とか。
自覚していた、はずなのに。
「馬鹿だな、お前。俺が歳くってんだ。お前だってそうに決まってるだろ。
ロボットや改造人間や化け物じゃあるまいし」
「そりゃ……そうですけど」
「5年ばかし差はあるけどな、俺がおっさんになりゃお前もおっさんだし、
俺がジジイになればお前もジジイになるんだよ」
そんなこともわからねえのかよ、とラノレフはクラ一クの肩を叩いた。

「そうやって「ずっと」一緒に変わっていくだけのことじゃねえか。
別にお前1人が置いてかれるわけじゃないんだぜ? 何を呆然としてやがる」

そうか。そうだった。
あまりにも単純な見落としに、クラ一クはそれこそ眩暈がしそうだった。
誰もが老いる。老いは全てに平等で、ラノレフにもクラ一クにも、
あの化け物じみた教官殿にも等しく舞い降りる。
そうだ、平等なのだ。それは誰か1人を置き去りにしたり、
誰かだけを遠くへ連れて行くものではない。
誰もが少しずつ老いていきながら、こうやって軽口を叩いたり怒鳴りあったり、
笑いあったりの日々を続けているのだ。
どんなに願ってもどうしようもなく変わっていくものと、何も変わらないものがある。
自分が欲しいのは後者で、それはちゃんと「ずっと」続いていく。
少なくとも、どちらかが戦場で倒れるまでは。
クラ一クの、サングラスで隠された表情から呆然が抜け落ち、苦笑が浮かび、
それから最後に本当の笑いがこみ上げて来る。
何も変わらない。変わっていないのに、何を馬鹿みたいに自分は動揺していたのだ、と。
クラ一クが笑い出したのを見て、ラノレフもまた笑った。
この10数年、ずっと繰り返して来たのと同じように。
笑いながら、2人は再び歩き出した。
妙な話で足を止めてしまったが、これからブリーフィングで、
その後は次の作戦に向けてのシミュレーションと訓練だ。傭兵稼業はなかなかに忙しい。
歩きながら、こんな話をした。
「ところで明日はどうします? 花の40代突入、どう祝って欲しいですか?」
「ん? 祝ってくれるっていうなら酒だな。去年と同じで」
「あなた、そう言って毎年酒ですよね」
「おう、来年も再来年もずっと酒がいいな。
覚悟しとけよ、タダ酒ほど旨いものはねえからな。しこたま飲んでやる」
「お手柔らかにお願いしますよ。一昨年なんか請求書を見て血の気が引きましたからね」
「それはお前が高い店選んだからで――」
 笑い混じりのやりとりは、会議室のドアの前までずっと続いた。

数時間早いですが、大佐お誕生日おめでとう。
明日は中尉にいっぱいお祝いしてもらっておくれ!

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

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