地味な内野手の呟き
更新日: 2011-04-26 (火) 15:48:29
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )生もの・ぷろやきう北の球団 長めです
俺はとある球団の内野手だ。
自分で言うのもなんだが、かなり地味な選手である。
ごくまれに紹介記事を書かれる事もあるが、修飾語としてもれなく「地味」がついて来る程だ。
長いこと一軍に定着はしているが、あまり名は知られていないだろう。
何度も言うようだが地味だからだ。
地味な俺らしく、スタメンで出る事は滅多に無い。試合終盤の守備固めが俺の主な仕事である。
これは地味に自慢になるのだが、今シーズンはまだ一度も失策を犯していない。
さらには内外野、時には捕手の代わりもこなせるユーティリティさをも兼ね備えている。
堅実な守備。それこそが俺の持ち味であり、野球人生を生き抜ぬいていく術だと言える。
――こう書くと良い選手と思われてしまうかもしれないが、そんな大それたものでは無い。
守備職人と呼ばれる事もあるが、俺なんかには恐れ多い称号だ。せめて守備の人と呼んで欲しい。
何しろ俺は地味だし暗いし無口だし。華かな舞台には縁遠い選手であるべきなのだ。
そして打撃に関してだが……この流れから察して頂きたい。
もしくは市販されている野球ゲームで俺を使ってみれば自ずと答えは見えてくることだろう。
地味なくせに自己紹介が長くなってしまって申し訳ない。つまらない話で時間を取らせてしまった。
さてそんな地味な俺にも趣味がある。それは人間観察だ。
対象となるのは専らチームメイトである。
これまた地味な趣味ではあるが、このチームを甘く見てもらっては困る。
俺とは違って個性豊かな選手たちが日々繰り広げる人間模様は、いくら見ていても飽きが来ない。
此処で仕入れた面白いネタを解説者であるOBに提供したりもするのだが、中には公に出来ないようなネタもある。
これから語るエピソードは、其の中の一つである。
あれは確か、試合直前。ベンチ前でボゥっと寝そべっている時だった。
「あーこんなとこに居たんですか。見当たらないから探しちゃいましたよー」
何だか酷く楽しげな声に顔を挙げると、ニヤニヤと締りの無い笑みがすぐ近くにあった。
手を差し伸べて来たという事は、立ち上がれとでも言いたいのだろう。
案の定、俺がその手を取ると彼は嬉しそうに俺の上体だけを起こし、そして抱きついてきた。
「ちょっと聞いて下さいよー」
密着した状態で囁かれると、息遣いや体温の細かな変化すら逐一感じられる。
今日の状態はと言うと、凹んでいる時に近いか。
「何かあったのか?」
だから俺も突き放したりせずに受け容れる。
もし無視したりでもしたらさらに凹んでしまうのは目に見えていた。
そうなると彼の貴重な毛根は、さらに危機に瀕してしまうだろう。
さすがにそんな後輩の姿を見るのは忍びない。
「いや、それが……」
彼は俺への拘束を解くと俺の隣に座りなおした。それもご丁寧に正座で、だ。
「アイツのことなんですけど」
持ちかけられたのは、ある人物に対しての相談。
またかと思いながらも、俺は適度に相槌を打ちつつ彼の語りに耳を傾けた。
この頃彼は、頻繁に恋愛相談をしてくるようになった。
その相手はというと、事もあろうに同じ球団の捕手である。
最初に打ち明けられた時は驚きもしたが、意識して彼らのやり取りを見れば「あぁ」と納得させられた。
ただ、いつだってその思いは彼からの一方通行であるのだけど。
アイツの方が彼をどう思っているのかはいまいち窺い知れなかった。
今日の相談も結局はそんな内容で、彼はハァとため息をついた。
「本当アイツ、オレのことどう思ってんだろ。オレと一緒にいる時でも他の人の話ばっかするとか酷くないですか?」
要約すると、他の奴なんて見てないでオレのことだけ見てろ、ということか。
何とも身勝手な主張だが、それだけアイツに倒錯した感情を抱いているのだろう。
だったら、
「出っ歯ーハーデルー出っ歯ーハーデ(以下エンドレス)」
とアイツの前歯を引っ張るのは止めた方がいいんじゃないか、と突っ込みたくなるのをグッと抑える。
好きな子ほどいじめたいという気持ちはわからないでもないし、アレは傍から見ていても面白い。
しかし話を聞けば聞くほど、彼が未だ独身であるのも頷ける。
思い人がアイツなのでは、結婚したくとも法律という――
いや、常識という壁が立ちはだかるのだから。
「やっぱ、あんまベタベタしてると気持ち悪いとか思われちゃうんですかね」
時に不安にもなるのか、彼はポツリとそう漏らした。
「いや、あくまで友情としてなら普通じゃないか? 例えば……ほら」
グルリと周囲を見渡すとちょうどいい例が見つかった。
俺がそちらを指差して見せると、彼も目を向け、
「あー……確かに」
と苦笑いを浮かべた。
「うちのチームではそのくらい日常茶飯事だろ」
俺たちの視線に気づいているんだか居ないんだか、その先にいる二人は普段通りのやり取りを続ける。
どんな風かと言うと、先輩の方が一方的に後輩を羽交い絞めにすると、後輩は大げさにもがいてみせたり。
やがて解放されると、後輩は先輩の首元に手刀を食らわせようとして呆気なく交わされて、逆に押さえつけられたり――
繰り返される応酬。アハハウフフ、もしくはイチャイチャという擬音がピッタリだった。
「友達以上恋人未満……友情と愛情の境目って難しいもんですね」
彼はシミジミと呟くと、俺の肩にもたれかかって来た。
正直お前が俺にしていることも充分友情の範囲を超えているんだが――
そう思いつつも、微笑で同意する程度に留めておく。
何しろ俺は地味な男、そして男気溢れる九州男児。って彼も同じ九州男児だったか。
「で、どうするんだ?」
「……何がですか?」
「告白、するのか」
「…………」
核心に迫ると、彼の口が真一文字に結ばれた。試合中ですら覗くニヤニヤが、傍と消える。
やがてポツリと告げられた言葉は、
「さぁ、どうなんですかね」
「おいおい」
随分と他人行儀な返答に俺はガクリとうな垂れた。
普段は積極的と言うか、態度がでかいくせに。何故肝心な所で消極的になってしまうのだか。
呆れていると、彼はやけに真面目な様子で俺を見つめていて。
「そう言うそっちはどうなんです?」
「は?」
「オレが告白しちゃってもいいんですか?」
「……はぁっ?」
二度目はより大きな戸惑いが零れてしまう。慌てて俺は冷静を装った。
それでも内心の動揺までは誤魔化せやしない。
いったい彼は何を言っているのだろう。突拍子も無い問いかけに目が回る思いがした。
「…………」
気まずい沈黙が流れる。其の間も彼は俺をじっと見つめていたが、
「面白く無いなぁ」
突如ニヤケ笑いを甦らせて、そう言った。
「当たり前だ」
俺は地味で暗くて無口で面白みが無いと何度言ったら……と反論しようとした所で、
「ちょっとくらい嫉妬してくれてもいいじゃないですか」
と、突拍子も無い言葉が被さる。
「誰に」
「もちろんオレに、ですよ。さり気に期待してたのになぁ」
「何で俺がお前に嫉妬しなきゃならないんだ」
彼が口を尖らせている理由がわからなくて、問いを重ねる。
「えー、だって、いつも一緒に居る人が離れちゃったら寂しいとか思いません?」
「そんなにお前と一緒に居るか?」
「充分居るじゃないですか、こんな風に一緒に練習してくれる後輩なんてそうそう居ませんよ」
「そりゃ同じポジションだし、一緒に練習するのは当たり前だろ」
「あーわかってないなぁ」
と言われても思った事をそのまま返しているだけなのだけれども。
彼はやれやれと言った風に首を振ると、自論を展開し始めた。
「例えばですよ、俺がアイツにばかりかまったらどうします?」
「別に、いつものことだろ」
「いや、そうじゃなくて本当の本当にアイツにだけ懸かりきりになるって事ですよ」
「そんなのアイツの方が嫌がるだろ」
「――だから例えばですって、例・え・ば」
彼はしきりに強調してみせたが、俺の方はというと全くイメージが浮かばない。
「考えてみれば、別にお前じゃなくたっていいわけだし」
言ってから何となく浮かんだのは、同い年の内野手二人の顔だった。
その内の一人はと言うと、先ほどイチャイチャしていた後輩の方である。
「…………やっぱり面白くない、この人」
「当たり前だ」
本日二度目のやり取りは、実に清々しいモノだった。
じわじわと染み出る彼の諦めに、勝ち誇った感が俺の心に深く残る。
彼はと言うとブツクサと文句を呟き続けていて。
「そーですよねー、何しろそっちにはしっかりした奥さんも居るし、可愛い子どもも居るし。いいなー羨ましいなー」
「だったら早くいい相手を見つけて結婚しろよ」
「無理なのわかってて言ってるんだとしたら、性格悪いですよ」
「あのなぁ、一応心配してやってるんだぞ。だから相談にも乗ってるし……」
そこまで言って、ようやくそもそもの始まりが思い出される。
「で、告白はどうするんだ?」
随分と横道に逸れてしまっていたのを無理やり修正する。
再びの問いかけに、彼は今度はニヤニヤを消す事は無かった。
「そっちがそんな風なら、まだしたくないですね」
「…………」
やっぱり、わけがわからない。
特に返す言葉も無かったので、次なる彼の行動を待っていると、
「はぁ、一石二鳥ってわけにはいかないんですね。人生って上手く行かないもんだなぁ」
「二兎を追うもの一兎も得ずってのもあるぞ」
「……うわー、結構凹みますね、それ」
彼は頭を抱える振りをしてみせてから、すくっと立ち上がった。
そして大きく背伸びをすると、
「つーかそろそろ真面目にストレッチしないとマズく無いですか?」
「確かに」
話に夢中になっている間も時間は刻々と流れていた。
いつの間にか近くに座っていたちびっ子俊足外野手の視線もどこか余所余所しい。
「じゃ、先にオレが押しますから」
彼は俺の後ろ側に回ると、そっと両手を俺の背中に置いた。
「?」
その瞬間――そう、ほんのわずかではあったが彼の指先が震えていたような気がして、振り返る。
「どうかしました?」
「あ、いや……何でもない」
思いとは裏腹に彼のニヤケ顔はそのままで、肩透かしを食らった気持ちになる。
「ふーん」
突然、背中にかかる重みが増した。彼が全体重をかけてきたのである。
「ちょっ……重……」
「さぁ、とっとと終わらせましょ」
反論の余地も与えられぬまま、なし崩し的に俺は黙々とストレッチを始めた。
まだほんの少し違和感は残っていたが、気のせいだと言い聞かせる内にソレも消えた。
以上で話は終わりだ。山もなければ落ちも無く、意味も無い。
世間ではこういうのを何と言うのだったか……地味な俺にはわからない世界の話だ。
ただ今のプロ野球界でこの手の話はタブーであり、
お偉いさん方の耳に入ればどんな処罰が下されるかは前例の通りである。
なので、この話は内密に願いたい。じゃあ何で語ったりしたのかって?
一言で言うならば気まぐれで――
俺一人の心の奥に閉まっておくのは勿体無いように思えたから、なのかもしれない。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )この二人の生イチャイチャに衝撃を受けて書いてしまった。
後悔はしていない。
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