Top/28-419

創作 彼と僕

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマス

なんてことのない短文です。
お茶請けにどうぞ。

 真夜中の寮を抜け出して、こんな場所で彼に逢おうとするだなんて、本当に僕は
イケナイ事をしているのだと思う。
 けれど、気持ちを抑えられなかった。あんな箱庭のような小さな部屋に
いつまでも閉じこもってはいられない、開放されて、彼のことをもっと深く知るために
走り出したいという厄介な熱を帯びた衝動が奔流となって渦を巻き、ついに今夜、
臆病な僕を突き動かしたのだ。

 人の気配の絶えた公園に、彼はいた。こんな風に彼のそばに近づけるなんて
まだ予想もできなかった頃、素知らぬふりで咲いていた、よく目立つ大きな桜の木の下に。
 陶酔したような僕の視線を浴びながら、特に動じた風もなく、またそうする事が
ごく当然とでも思っているかのように、彼はそれまで身にまとっていたものをゆっくり、
ゆっくりと脱ぎ捨てる。
 今まで誰の目にも触れたことの無い、彼の裸身。正に、神の手による芸術品だった。
 浅ましくも僕は興奮していた。彼の瞳は黒く澄んでいる。触れたい。指先で確かめたい。
けれど、それは決して許されないことだ。僕は口元に運んだ手の平をぎりりと噛んで、
自分を戒めた。

 全てを脱ぎ去り、まるで生まれ変わったみたいな姿を彼が晒すまで、どれくらい経っただろうか。
 白く赤子のような無垢な存在に、凍てついた月が容赦なく光を浴びせかけている。
 ふと、彼は寒くないのかと思った。愚問だ。時折頬を過ぎる風は、夏の夜に相応しく生温い。
ただ彫像のような彼が放つ冴え冴えとした神々しさが、感じる温度を裏切っていた。

 街灯から霜のように明かりを注がれるこの場所は本当に静かだ。腕に巻いたデジタル時計の
数字が消えては点り、点っては瞬く、そんな音が聞こえるのではないかと錯覚するくらい、
僕らは二人きりの世界にいた。彼も、何にも言わないけれど。
 せめて声を聞きたいと、星のような彼の眼に願いを掛けた。
 僕にとっては永劫のように感じた時間だった。ただ彼の側にいた、幸福な時間だった。

 静寂が破られる瞬間が訪れるのは分かっていた。アスファルトの上を滑るように
タイヤが走り、少し遅めの新聞配達の自転車がライトから光芒を一筋、導くように先へ
先へと伸ばしていく。
 その光に驚いたわけでもないだろうけど、それをきっかけとしたか、チチ、と羽を擦らせ、
実に呆気なく彼は空へと飛んでいった。
 なんと言う事の無い幕切れだった。座りこんでいた僕は立ち上がり、ズボンのお尻をはたいた。
 さて、これから寮に戻って、一晩公園で過ごしたと知れたなら、随分とお小言を頂くだろう。
 それでも僕の胸は晴れていた。そう、霧の無いまっさらな朝のように。

 無言のまま去っていった彼だけど、きっとすぐに声を聞かせてくれる。その時は多くの
仲間の中で、大人の姿に変貌を遂げた彼を見分ける事はできないだろうし、どこにいるのか
すら見当がつかないかも知れないけれど。
 俄かに嬉しくなって、僕は彼の残していった飴色の衣を拾い、丁寧に手の平に乗せた。
 背中が斧を入れたように二つに割れている以外は大人になる前の姿をそのまま留めた、
彼の抜け殻。もう触れてもいいんだね、僕は過ぎ去った彼にそっとキスをした。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ

ありがとうございました。


このページのURL:

ページ新規作成

新しいページはこちらから投稿できます。

TOP