物×人の話
更新日: 2011-04-26 (火) 22:02:20
物×人の話
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
僕とご主人との出会いは、もうずっと昔のことになります。
ご主人のご両親がご主人の十回目の誕生日プレゼントとして僕を選んだことが始まりで、
ご両親が僕のいた店にやって来たその一週間後に僕とご主人とは出会いました。
運命の出会いだったと僕は今でも思っています。
ご主人の第一印象は一言でいえば「元気」そのもので、
実際その日から始まった僕とご主人との共有する毎日はとても賑やかで楽しいものでした。
出会った日から、ご主人はどこに行くにも必ず僕と一緒でした。
”秘密の場所”にも連れて行ってもらいました。あの場所は今も、僕とご主人の男同士の秘密です。
ご主人のお友達は皆、僕のことを「ピカピカだ」「かっこいい」「すげー!」と褒めてくれ、
そのたびご主人は嬉しそうに笑って僕を優しく撫でてくれたものです。
ご主人は僕のことを自慢していましたが、僕にとってもご主人は自慢でした。
時たま出会う仲間にも、僕は僕がご主人と一緒にいることを何よりも幸せに思うとよく自慢しました。
とはいえ、ご主人の元気さゆえに痛い思いをすることもありました。
ご主人は僕を気に入って何度も何度も僕に乗り僕はご主人に乗られていましたが、
僕の体の頑丈さを信じすぎるがゆえによく無茶をしたからです。
そんなのは絶対に無理!と本気で思うことも、何度も何度も繰り返されました。
ご主人がそんな無茶をした後は決まって体のあちこちがギシギシと痛んで音をたてたものです。
だけど僕はそれすらも、嫌だと思うどころか心の底から幸せだと感じていました。
どんな無茶をしようとも、ご主人が僕のことを本当に大事にもしてくれていることをわかっていたから。
だから、僕は確かに、幸せでした。
けれど蜜月はいつしか終わりを迎えるもので、
ご主人はいつしか僕と一緒に過ごすことをしなくなりました。
気付けばご主人の体は初めて出会った頃とは比べ物にならないほど大きく育ち、
次に誕生日迎える誕生日は僕達の出会いから更に数を重ねてもう十五回目。
大きくなったご主人のお供をするには僕はもうあまりに小さな存在でしかなくなっていたのです。
僕にはもう、今のご主人を受け止めることはできない。
目の前にあったのはそんな悲しい現実でした。
その頃の僕は以前までの日々が嘘のように暗闇の中にじっとしているばかりの毎日で、
体にかかる埃や蜘蛛の巣をはらわれることもなく一人きりの時間を過ごしていました。
そんな時が長く長く続き、最初に数え始めた夏がもう何度巡ってきたかということも、
僕はわからなくなっていきました。体はすっかり錆びついて、そして意識もどんどん薄れて。
時折ここに来ては何かを探しまたすぐに出て行くご主人のお母上の髪は以前より白くなったようで、
同様にやってくるお父上の体もなんとなく小さくなったように見えました。
ご主人は、今はもうここにはいません。ここより遠くのどこかで、一人で暮らしているそうです。
───もう一度……もう一度だけでも、ご主人と一緒に過ごしたい───
僕が願い続けたのはただそのひとつだけ。
それだけを願いながら、僕はとうとう、深い眠りにつきました。
どれだけの時間が経ったのでしょう。
ある日、暗闇の中に突然の眩しい光が差し込んできて、僕は目を覚ましました。
そして逆光の中に浮かび上がった人影を見て、思わずガシャリと倒れそうになりました。
そこにあったのは、例えどれだけ大きくなろうとも絶対に見間違えたりはしない、ご主人の姿。
僕は涙が零れそうになるのを必死に堪えながら、大好きなご主人をじっと見つめました。
ご主人は埃のにおいにむせながらもまっすぐに僕へと近付き、
そして僕の体にかかっている埃と蜘蛛の巣を手で優しくはらってくれました。
僕がお友達に褒められるたび、嬉しそうに僕の体を撫でてくれたご主人の手。
その手が、あの頃よりずっと大きくなっても尚変わらない優しさで、僕の体に触れている。
これが夢ではないことを、僕は強く祈りました。
「やっぱ手入れしなきゃな……ああ、チェーンも伸びちゃってるな」
まじまじと僕を見ながら、そんな独り言を呟くご主人。
その声は随分と低くなっていて──そう、ちょうどご主人のお父上の声とそっくりで、
更によくみれば声だけでなく顔も同様にそっくりになっていて、
僕はなんだか可笑しくなってまた少し泣きそうになりました。
「長いことほったらかしで、悪かったなあ」
言いながら、ご主人は僕をまた撫でてくれます。
その目は昔と同じでいて昔よりどこか優しくもあり、
僕は今更、ああご主人はもうすっかり大人になったんだなあと知りました。
とにかく嬉しさを感じるばかりが精一杯だったので、
謝るご主人に返事をすることも頷くこともできませんでしたが。
「これがパパの自転車なの?ボロボロだよ?」
「そりゃ、パパがお前ぐらいの頃に乗ってたやつだからな」
ひんやりと気持ちのいい水を体に浴びせてもらいながら、
僕はご主人の声をきいていました。
ご主人の声の合間にはずっと昔のご主人に似たかわいい声があって、
水飛沫の向こうをちらりと見れば大人になったご主人の隣に、子供の頃のご主人の姿──
いえ、大人になったご主人の、お子さんの姿がありました。
「この自転車はパパの宝物だったんだぞ」
「宝物?」
「ああ、親父……いや、じいちゃんとばあちゃんにプレゼントしてもらって、
それからどこへ行くにもとにかくこの自転車に乗れることが嬉しかった」
僕も、よく覚えてます。
ご主人は本当にいつも楽しそうで、僕はそんなご主人を見る事がすごく嬉しかった。
一番の仲良しだった山下君の家に行った時も、お母上に頼まれたおつかいに行った時も、
お父上を迎えに駅前のバス停に行った時も、町を一望できる丘の上の”秘密の場所”に行った時も。
そんないくつもの思い出は、ご主人自身と一緒に僕にとっての宝物でした。
「中学に入る頃にはさすがにもう小さくて乗れなくなったけど……
でも思い出が一番詰まってるのは、やっぱこいつだな」
そして、今のご主人の言葉も、宝物になりました。
それから三日後。
ご主人の手で体のあちこち直してもらい色も塗り替えてもらった僕は今、
ご主人が見守る中でご主人のお子さんを乗せて走っています。
ご主人のお子さんはご主人よりも無茶をしないけどご主人と同じくらい元気で、
そして僕のことを気に入ってくれたみたいです。
僕は今また、昔みたいな幸せを噛み締めています。
「転ぶなよ!」
「大丈夫、見て見てパパ!手ばなし乗り!」
「ちょ、危ない!危ないから!」
……やっぱり、無茶するところも昔のご主人と同じかもしれません。
だけどそれも含めて、僕は幸せです。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )オジャマシマシタ
レス分割数まちがい、失礼しました
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