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夏道中

オカ板の師匠シリーズから
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

 講義が終わりキャンパスを歩いていると、ふと師匠を見つけた。師匠は草むらを睨んでいる。草むらにはシャツとジーンズを着た、首のない女が居た。
 師匠が口を動かし小さく呟くと、女は道を行く男の影にするりと入り込んだ。師匠は振り返って舌打ちをすると、あくまで平然を装って男の後を歩く。
「師匠」
 俺は声をかけたが、一度振り返っただけで、立ち止まりはしなかった。俺も少し早足で追う。隣に立つと、師匠の額にうっすら汗が見えた。
「見えたか」
「はい」
「後で追い出すから、お前ちょっとあれに憑かれろ」
「え?」
 信号待ちで男は止まった。影から煙のように女が沸き立つ。悪意より困惑が強そうな印象を受けた。ダラリと垂れた両腕から、何かぬめった液体が落ちていく。
 師匠がもう一度呟くと、女は怖いものから逃げるように、俺を通過していった。寒気は感じないが、通過されるというのは気分のいいものではない。
「平気か」
「まぁ、ちょっとは」
「僕の家に行くぞ」
 普段の師匠なら、もう少し講釈なんかを垂れてくれるんだが、一言も喋ってくれなかった。
 そもそも師匠に会ったのも久しぶりだ。単位を落としてばかりではいられなくなった俺と、サークルに寄り付かなくなった師匠は、完全に擦れ違っていた。
 それでも、師匠ならこんなことはしないはずだった。誰かに憑いていても放っておくのが師匠だ。わざわざ助けるなんて、らしくない。
「どうして、助けたんですか」
 汗を拭いながら俺が言う。妙に暑く、遠近感がとれないのは、猛暑のせいだけではないのかもしれない。背中をさする手があったが、振り返る気にはなれなかった。

「あれは僕が呼び寄せたから、いつかあの男が完全に憑かれて僕を殺すよりはマシかと思って」
 スルーできない単語が混ざっていた。呼び寄せた? 師匠が、霊を?
 降霊実験なら散々やってきたし、やらなくても師匠には見えているはずだった。なぜ、わざわざ。
「僕にも僕が制御できないんだ。お前が高校生の時に金縛りにあっていたのは、お前が自分を抑えられなかったからだよ」
 気分が悪い。足下を見てひたすらに歩く。女ののしかかる感触がやたらリアルに感じられた。
「お前の不快感は、きっとそのまま、僕を殺す方に向かうだろう」
 蝉の声が反響して聞こえる。わんわんと耳鳴りが止まらない。咳が出たが、後ろの女の手によって喉を撫でられると止まった。
 ふと顔を上げる。師匠が不思議な表情で立っている。青空、入道雲、木々の緑。木陰に居た俺は陽の強くあたる師匠を見て瞬きが止まらない。
 見間違いでもなんでもなかった。師匠の周囲に、様々な大きさの、様々な形の、様々な色の霊が集まってきている。それは師匠の体にまとわりつき、やがて俺の方へ向かってきていた。
「目を閉じろ」
 無理だ、と口が動く。こんな状況で目を閉じたら、何が起こってもおかしくない。それならせめて自分の目で確認したい。
 師匠は首を振る。手をこちらへ差し出してきた。
「目を閉じて、跳べ」
 まるで命令だ。そう思ったが、俺は逆らうつもりなど最初からないように、目を閉じた。
 重い。体の節々が痛い。辛い。……あぁ、師匠も、こんな気で居たんだろうか。

 足が地面から離れた感覚は、まるでなかった。

 着地の瞬間、バランスが崩れた。こけると同時に、落下する自分が連想されて、異様な恐怖に襲われる。だが俺は師匠の腕に捕まっていた。
 目を開けると、何もなかった。ただのコンクリートの道、ただの俺、ただの夏。
「怖かったか?」
 俺が首を縦に振ると、師匠は困ったような笑顔のような、去年の夏に屋上で見せた顔をした。
「やっぱり、お前、僕じゃないもんなぁ」
 その言葉が妙に重く響いた。師匠の胸に頭を押し付けると、ポンポンと背中を叩かれた。泣きたくもないのに、少し涙が出た。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!


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