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平安Ⅵ

                    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                     |  流石兄弟 リバ 先に言っておくが長い
 ____________  \            / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | __________  |    ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄|  平安Ⅵ@DEEP
 | |                | |             \
 | | |> PLAY.       | |               ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | |                | |           ∧_∧ ∧_∧ ∧∧ ラスト
 | |                | |     ピッ   (´∀` )(・∀・ )(゚Д゚ )
 | |                | |       ◇⊂    )(    ) |  ヽノ___
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _) ┌ ┌ _)⊂UUO__||  |
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)(_(__).      ||  |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

地雷注意!パートナー外濡れ場あります

 愛情とは澄んだものばかりではない。
 自分のそれは泥沼だ。しかも底がない。
 恋人に唇づけるたびに思う。俺はこいつを汚していると。
 汚れた唇で彼を染め、病んだ心で愛を叫ぶ。
 聖らかなものを汚辱で満たし、正しい者を歪めている。
 血を吐きそうな感情の中で、酒の代わりに毒を欲しがる。

 泥の中に、一輪だけ白い花が咲いている。
 自分の泥沼の中に、あいつの瞳だけが光をくれる。
 俺はそれが欲しくて、どうにも我慢できなくて、今まで待っていた。
 だがもう、それも最後だ。
 その花はおまえにやる。
 ついでに潜って、レンコンの一つもささげてやるよ。

 築地塀(ついじべい)の穴を抜け道に使うのは無用心なので、
そこを切り崩して下仕え用の通用門を作った。出入りが楽だと好評である。
 「妙なことに気が回るな」
 「俺はきっと父者似だな」
 弟者の膝を枕に転がっている。
 「で、おまえは母者似」
 「あんなに強くない」
 「そりゃあたりまえ。七人殺しの異名を持つ女だぞ」
 「実際には殺していないんだろ」
 「そ。倒しただけ」
 以前皇太后が寺社参りをした帰り、警護の者の隙をついて暴漢に襲われた。
丁度、伺候していた母者が檜扇一つで全てを倒した。

 「あの頃はあの女御殿も生きていたからなぁ」
 前主上の生前、二人の有力な女御がその寵を争っていた。
男宮を産んだ時期が同じだったため、その抗争は激しく仁義ないものだった。
 結局現主上側が勝利を得た。けれども片方もその次の東宮の地位を確約させた。
次の世代に持ち越されつつ争いは陰にこもっていった。
 だが、三年ほど前に流行り病が猛烈に広がり、現皇太后だけを残して、双方の後見や現東宮の母君も全て命を落とした。

 「おかげでおまえの正室の長兄が出世できたってわけだな」
 「父者も運がいい。彼とつないでおいて大正解だ」
 「あの時点では賭けだったがな」
 「何がどう転ぶかわからんからなぁ……一口くれ」
 濁り酒を含んだ弟者に要求する。
 身体をかがめて言葉に従う。
白い液体が少しこぼれて、彼の唇を伝わったのにどきり、とする。
 兄者は気にせずに舌先でなめる。
 その尖った舌が紅い。そして濡れている。
 見惚れているの気付いているのかいないのか、そのまま話を続ける。

 「俺たちもこの先、考えなきゃならんのかな」
 「政(まつりごと)か。生き延びていくにはな」
 「先を見越せば妹者を東宮に入内させるべきなのか……
いやだっ!あんなヤツに俺の妹者を―っ。全俺が泣くぞっ」

 「叫ぶな。お人柄は悪くない」
 「悪くはないが絶妙にイヤだ。第一、なんだあの長烏帽子。通常の三倍はあるぞ」
 「母なる女御の遺言らしいぞ。おとなしいあの方が誰より目立つように、と」
 「ならついでに赤く塗っとけ。なんか手はないかなぁ……そうだ」
 何か思いついたらしい。
 「イノキだ!あいつを使おう」
 イノキとは、妹者の粗忽な侍女である。年のころは同じはずだが、どう見ても年のいった大男にしか見えない。

 「どう使うのだ、あんなモノを」
 「妹者の代わりに入内させる」
 濁り酒を思いっきり噴いた。飛び散って恨めしそうな兄者の顔を、手近な紅絹で拭いてやる。

 「無理がありすぎるだろう!」
 「いや、七人殺しの女の娘といわれれば、納得するはずだ」
 「そりゃ、そうかもしれんが……」
 「で、流石家全体でフォローする。うちの地位からいって、粗末には出来んだろう。完璧だ」

 弟者は少し考えて、口を切る。
 「東宮もうちとの関係性のために、挨拶ぐらいには来るだろう…どんなに恐ろしくとも」
 「だろうな」
 「それを、もしもの話だが、あのイノキが押し倒したら……」
 「うわ、東宮、絶対抵抗できないぞ」
 「で、結果としてイノキが孕んだとしたら」
 「あいつが孕むだろうか」
 「仮定だ。あくまで仮定だが…そして生まれた子が男の子だったら……」
 「もちろん総力をあげて次の東宮の地位につけるな」
 「だとしたら、イノキは国母だ」
 「イノキが国母……」

 二人は思わず手を握り合う。
 「いくら流石家の為でもこの国の未来の為に、それは止めておいたほうがいいんじゃなかろうか」
 「最終手段ということで取っておこう。なにせ妹者はまだ幼い…もう一口」
 冷たいはずの酒が、少し熱くなって兄者の口に移される。

 「出来ればさー、好きな相手に嫁がせてやりたいよ。でも後ろ盾がないと大変だからな。
おまえ、ちゃんと守ってやれよ……兄なんだから」
 「おまえもだろう」
 「そうだけどさ、政はおまえ向き」
 さっさと面倒事を放棄する。
 「じゃあ、何が向いている」
 「さあな……こっちかな」
 腕を伸ばして弟者に触れる。
 「そりゃ向いてるな」
 酒抜きで唇づけると、キスが甘美い。それだけで酔う。
 まだ明るいのに抑えがきかなくなる。
 「……奥に行こう」
 先に立ち上がって手を引く。素直に従い、そっと躯を寄せた。

 勤務日程は宿直が連続二日。ただし、どちらも夕暮れに行けばいい。
 丁度五日目で出勤日の兄者が振り返った。
 「どうする、二日連続出るか?それとも俺が行こうか」
 「頼む……酒でも呑んどく」
 彼をなるべく宿直に出したくない。けれど確かめたいことがあった。
 「わかった」
 承諾した後、弟者の肩にもたれかかる。
 そのままじっとしている。

 「……どうかしたのか」
 「いや。冬だな、と思って」
 「それが?」
 「寒いな」
 「風邪気味か?なら代わる」
 「いや……そういうわけじゃない。大丈夫だ」
 しっかりと身を起こす。
 「また萌え話でも楽しんでくる」
 のんきそうに笑った。

 兄者の出た後、いつもどおりに夕食をとり、ごく普通に過ごした。
 焦る必要はない。主上が大殿ごもるのは大分後だ。
 北の対から膳を下げにきた下人に、早めに寝ることを告げる。
 燭代の灯りを消し、御帳台の中に入る。
 寝たふりをしていると、一瞬、人の視線を感じた。
 すぐにそれは消える。

 様子を見計らって動き出す。
 衾の下に衾を丸め、人が眠っているよう取り繕う。
 忍んで裏から北へ下り、例の通用門の掛金を外す。
 外に出てから、辺りに隠しておいた先の曲がった金棒で掛金を元に戻す。

 近場の小体な屋敷の者に交渉して、最近購った馬を置いてある。
それに乗り、内裏の方へ向かった。

 内裏近くに逼塞した宮家が一つある。
 甘い言葉と潤沢な資金で篭絡し、部屋の一つを借りてある。
 そこで浅葱の袍――殿上人でさえない六位の衣装に着替える。
 流石家の末につながる年の頃の近い男を、これは本家との縁でつった。
この一族の常として、ある程度似ている。
もちろん陽の光のもとならすぐにばれるが、夜ならどうにかごまかせるだろう。

 
 その男の名を語って内裏に入り込む。
 もちろん、殿上には上がれない。
 白砂の上を歩いている時、同輩が横切った。
 ひやりとするが気づかない。
 あたりまえだ。彼らにとって六位程度のものなど人ではない。
当然、顔など見ない。

 闇にまぎれて梨壺の床下に入り込む。
 従兄弟者の宿直所の下に位置どる。
 体が凍えきるのに充分な時間、待った。
 心が凍えきるのにふさわしい足音が、響いた。
 戸の開く微かな音。
 床下では衣擦れの音までは聞こえない。
 けれど人の声がわずかに流れてくる。
 心臓が凍りつく。
 快楽に蕩けた彼の声。
 自分だけが知るはずの、あの甘い、濡れた声。

 逆の経路をたどって帰ったはずだが、覚えていない。
 気がつくと、自室の御帳台にいた。
 躯が小刻みに震えている。
 夢を見たと思った。
 妄想だと思った。
 だが、自分をだましきれなかった。

 それでも朝は来る。
 見捨てられた男に与えられる朝は救いではなく、夜の果てであるだけだ。
 彼が正室のもとに通い始めた頃、やはり眠れぬままに朝を迎えたが、今にして思えば贅沢なことだった。
 恨んだり、怒ったり、そして泣いたり。自分の感情は熱い炎に彩られていたのだ。
 凍りついたまま、泣くことも出来ない。
 自分自身が大きな一つの傷跡で、そこから絶え間なく血を流しているような気がしている。

 渡殿を通る足音で、機嫌が……わからない。
 いつもと同じ足取り。乱れぬ心。
 妻戸をくぐる兄者は、変わらぬ顔で微笑む。
 「また、眠れなかったのか…ひどい顔だぞ」
 髪を撫でようとするので、反射的に避けた。
不思議そうな表情に、凍てついた心がふいに蒼ざめた焔となる。
 けれど、どうにかそれを抑える。代わりに黙って押し倒す。
 「……おい、いきなりか」
 唇を唇で塞ぎ、衣を剥ぎ取り、膚を合わせる。
未明の薄明かりの為だけではなく、朧に見える彼。

 痕一つ、残していない。
 いつもと同じ膚。
 いつもと同じ反応。
 いつもと同じにおい。
 蒼い焔が自分を灼く。
 憎くて、愛しくて、気が狂いそうになる。
 なのに言葉で責めようとすると、自分の心が自分を責める。
おまえにその資格があるのか、と。

 女を抱いた残り香のままに彼と寝た。
 それどころか、それを妬かないと彼を責めた。
 必死に探している彼を、情が薄いと疑った。
 この瞳が、この唇が、この躯が自分だけのものだと驕って、彼の心を気遣わなかった。
 その報いを今、受けている。

 「…弟者……弟者……」
 しきりに名を呼ぶ彼の声。
 その声の偽りも真実も読み取れない。
 それでもあの波だけは、忠実にやってくる。
 達する時、彼の名を叫んだ。

 彼を抱いたまま、その日を過ごした。
 湯殿に行ったりなどのちょっとした間が辛かった。
 妹者が遊びに来た時も、掛金さえ外さずに声だけで断った。
 「おまえ、今日、おかしいよ」
 兄者の言葉は唇でふさいだ。
 時たまとろとろと眠り、急に目覚めて強く抱きしめた。

 そして、夕暮れは近づいてくる。
 立ち上がりかけて、急に気が変わった。
 「連続で宿直を頼んだら怒るか?」
 「かまわんが…」
 問いかけるような目を無視した。
 やれやれ、と身を起こしたあと兄者は弟の髪を撫でる。
 「明日もこんなだったら、二度と宿直は代わらんからな」
 「……もともと、あんたの仕事だろ」
 それには答えず頬に唇づけて、東の対へ歩いていった。

 昨夜より心持ち早い時間に、同じ経路をたどる。
 内裏に入り込み物陰で、持っていったいつもの衣装に着替える。
 まずは桐壺の宿直所へ向かった。

 家族もいない独り者なので、宿直を引き受けることは多い。
 従兄弟者は燭台の灯を消した。
 珍しく兄者が連続で宿直に現れた。
 視線の当て方で、今宵も来るはずだと推測できる。
 掛金は、外しておいた。

 昨夜とほぼ同じ時間に、戸が開く。
 入り込む夜気は、今までに無いほどに冷たい。
 その為か、忍び入った相手は膚を粟立てている。
 紐解く間もそれはおさまらない。
 顎を捉えて顔を上げさせ唇を重ねるが、何故か口を開かない。
 不審に思ったとき、再び戸が開いた。

 「戸の外に水がまかれてて、えらい目に会った……すまん、先客か?」
 「誰だ、おまえ!」
 慌てて燭台に向かう。焦ったせいかなかなか点かない。
その相手に逃げる様子は無い。

 ようやく火が灯る。
 火影に、素肌に袿を一枚だけ引っ掛けて片足を立て、
もう片方を曲げて座る不敵な笑みの男が映し出される。
 「………弟者」
 兄者の声がかすれた。

 三者三様の沈黙の中、弟者は衣を取り上げる。
 見せつけるような優美さでゆっくりと身支度を整え、器用な指先で紐を結ぶ。
 まっすぐに、青ざめた兄者を見据える。
 「……部屋で待っている」
 それから立ち上がり行きかけて、ふと従兄弟者を振り返り、挑発的な言葉を投げる。
 「あんた、けっこう良かったよ。兄者があんな声を出すだけある」
 誤解と、不和の種をまいたつもりで立ち去っていく。
 後には二人、残された。

 従兄弟者は特に弁解はしない。
 兄者も聞かない。
 かなりの刻が流れた。

 「……ゲームオーバーだな」
 泣いてはいない。それどころか、なんだか穏やかな温かい表情を浮かべている。
 「ああ」
 考えれば賢しげなあの男のうかつな青さ。こちらの身なりはまだ乱れてさえいない。
 「待っているから帰る……巻き込んですまなかった」
 兄者はくるりと背を向け、肩越しに言葉を続けた。
 「………これから何があろうと、黙っていてくれぬか」
 従兄弟者はしばらく答えない。

 止めてもムダだ。最初に誘った時から決意していたのだろう。
こいつの他の家族に告げることも考えたが、なにせこのバカは手強い。
すでに何らかの手は打ってあるだろう。
 この大バカを止められるのは、たった一人しかいない。
 「………わかった」
 「ありがとう」
 素直な礼を残して、情人の姿は消えた。

 深夜の牛車の音は眠たげだ。
 物見の窓から見上げると、月はか細い上弦の月。誰かの指先を思わせる。
 ―――正念場だな
 気を引き締めようとするが、つい微笑む。
 ―――クールなふりして、けっこう抜けてる
 思い浮かべる。愛しい瞳。
 何も、怖くない。
 式子内親王の和歌を口ずさみつつ、夜道を帰った。

 牛車の着いた物音がしたが、なかなか現れない。
 それまでにも大分待った。
 どうやら湯殿に向かったらしい。
 開き直ったように時間をかけて、上気した膚で現れた。
 幾枚かの単衣の上に白い綾織りの袿。桜襲ねを着こなして、なかなか見栄えがする。
 権門の長子の持つ驕りと品位。
以前、こちらのいたずらにかかって憤慨しながら駆け込んできた時の直衣姿より、よほど鮮やかだ。
 一方弟者は色も合わせずに適当な単衣を着ている。
大分、見劣りがする。

 「………で?」
 弁解を求めて弟者のほうから口を切った。
 「説明しろよ」
 「説明も何も……気づいたんだろう、その通りだ」
 「なんであいつと!」
 「俺が誘った。それだけだ」
 先ほどの位置が逆になったかのように、兄者は落ち着いている。
 弟者は激している。

 しゅんとして脅えた兄者が現れ、こちらは思う存分罵倒する。そんな目論見は露と消えた。
 言葉で痛ぶって、体を苛んで、二度としないと誓わせて……それで許してやるつもりだった。
 だが、彼は動じていない。下の者からの訴えを聞く役人のように退屈そうな顔をしている。

 「なぜ、誘った」
 「ただの遊びだ。おまえと同じで」
 幾人かの女房の影がよぎる。
 「それが不満なら、なぜ言わない!」
 「別に……って、前もそう言った筈だが」
 「オレもあいつも同じなのか!」
 「まさか」
 ふ、と兄者が甘く微笑む。
 「おまえだけを愛しているよ」

 実のない囁きに聞こえる。
 まるで他人だ。兄者の皮をかぶった別人。

 「オレじゃ足りないのかよっ」
 「菓子が別腹ってのと同じだな。主食にゃならんが割合いける。最もあいつは甘くはないがな」
 くっくっ、と声を立てて笑った。
 「試してみたならわかるだろう。かなりイイって。そういやさっきそう言ってたっけ」
 心底傷ついた弟者の瞳。
 兄者の瞳も魂も、同じ分だけ傷ついている。
だが、手は緩めない。顔にも出さない。
 「何なら交互に行ってみるか?別にあいつは拒まんだろうよ。
容赦なくやれる相手が欲しいだけだと言っていた」
 こぶしをつかんだ弟者が一歩、踏み込んだ。

 ―――あと一息だ

 「それともここへ誘ってみるか?特別ゲストで招待して、いっそ三人で………!」

 すんなりとした腕が伸び、彼のうなじを締め付ける。
 限界を越えた怒りのままに。

 ―――そう、それが正解だ。おまえは、陽のあたる場所がふさわしい

 至極、簡単な算式。余分な1を引けば必要な1が残る。
 やっと、彼を放してやれる。
 呪縛はほどけた。

 近々死ぬかもしれん、と告げた時、さしもの従者の目が点になった。
 家族と正室あての文を託し、さまざまな指示を与えた。
 「俺の死体には女衣装をかぶせ、若様がこっそり連れ込んだ得体の知れない女が、
酔って正気を失った、という風を装え。
その後手数だが、人気のない山に埋めろ。手向けも経も何もいらん。
ーーー花より他に知る人もなし、だ」
 逆らったことのない精鋭たちが、初めて逆らった。
 それを、主人の威厳で無理に従わせた。
 「何度も言うが、あいつに罪はない。俺の亡き後は彼に従え。
………充分に、気を配ってやれ」

 首を締められて感じるのは、イきそうになるほどの恍惚。
 ―――確かに厨だな
 従兄弟者、おまえの意見は実に正しい。こんな状態で俺は悦びしか感じない。

 意識が遠のく。
 閉じかけた瞳に映る弟者の顔。
 この面影さえあれば一人でも地獄に行ける。
 脳裏をよぎるあの満月。月の光を浴びた彼。
 …………そして、暗闇が訪れる。

 浮遊する意識。
 ―――ここは、極楽なんだな
 兄者は思う。なぜなら、愛する相手が横で泣いている。
 ―――いや、四十九日までは現世にいられるのか
 篁の署名(サイン)をもらいに行くのはそれからだ。
 弟者はまだ泣いている。
 泣かなくていい、と何とか伝えたい。
 こんな俺なんかのためにおまえの涙を使うな。そう言ってやりたい。
 しかし声は出ない。体は動かない。
 ―――死んでいるのだから、当然だ
 あきらめて、ただ弟者を見ている。
 
 泣きながら彼は兄者の唇に唇を重ねる。その感触がなぜかわかる。
 うなじに唇づけ、肩に唇づける。
 しばらく見つめ、幼い時のように頬を合わせる。
 そうしてふたたび唇づける。

 それから弟者は何かを探した。
 やがてそれを見つけ、兄者の傍らに戻ってくる。
 探し出した懐剣をつかみ、こともあろうに自分の胸に突き立てようとする。

 「…………よせ!!」

 ………声が出た。

 「………亡者(ゾンビ)か」
 「………違うようだな」
 しわがれた声で答える。
 「おまえはいつも詰めが甘すぎる……殺すんならちゃんと殺せ」
 急に弟者が抱きついた。

 「二度としない。何でも言うことをきく。傍にいてくれ。それだけでいい」
 濡れた、温かい感触。兄者は黙っている。弟者は続ける。
 「死ぬほどイヤだが、おまえがどーしてもあいつを呼びたいのなら……」
 「冗談じゃない!」
 咄嗟に叫ぶ。
 シミュレーション内の行動だったのに、膚も露にあの場にいた弟者を見て、自分の心臓は凍りついた。
 「あんなおまえを誰にも見せたくない!」
 言ってしまってから口を押さえるがもう遅い。
 弟者は目を光らせて、兄者の言葉と行動を検証している。
 そうして、正解を導き出す。

 「バカ」
 殴られた頬が熱い。
 「大バカ野郎!」
 先ほどの勢いはどこへやら、兄者は小さくなっている。
 「何でそんなことを思いつく!」
 「あの時、俺が唇づけなかったら、こんなことにはならなかった」
 弟者は記憶を遡り、あの時がどの時か考える。
そうして確かに初めてのキスはこいつの方からだった、と思い出す。
だがその勘違いっぷりに頭痛がしてくる。

 「……おまえ、どんだけ自分をスーパーテクニシャンだと思い込んでるんだよっ」
 衿もとをつかんで揺さぶる。
 「あの頃の下手くそなキス一つで、その気のない俺がメロメロになるわけがないだろっ!
惚れていたのはその前からっ!あれは単なるきっかけに過ぎん!」
 「………そうなのか?」
 困惑しきった兄者はされるがままになっている。
 「だっておまえ、女の子も好きだし、てっきり俺のせいだと……」
 ある日、ふと胸に落ちた疼痛。俺はこいつを歪めていると。
 「世界一のとんまっ!激しく鈍感っ!」
 「どっちにしろ俺がいたら完全に自由にはなれないではないか」
 「そんな自由いらねえ。いつか自分で言ったじゃないか。おまえがいなかったら俺もいないって。
こっちも同じだ、ウスラトンカチっ」
 ずい分不思議な罵詈雑言だ、と意識の一部が冷静に思う。
 それに言われてばかりも癪に障る。

 「おまえだってバカ…と言うか、酷いぞ。妹者を守れと言っておいたのに、無視して後を追おうとするとは」
 「妹者は可愛い。だけどそれだってくびきにはならない。
俺はおまえのいない世の中で生きていくつもりはない」
 きっぱりと、弟者は言った。
 まっすぐに兄者を見つめた。

 彼は下を向いてぼそぼそとつぶやいた。
 「美食倶楽部を狙う栗田さんのように慎重に布石したのに、おまえのせいで台無しだ」
 「誰だ、それは」
 「…気にするな」
 意味のわからないことを言っている彼の頬をもう一度打つ。
 「おまえの躯も、瞳も、声も、全部オレのだ。二度とこんな、バカな使い方をするなっ」
 情けない顔で、自分を見上げる、間抜けな恋人。
 最愛の、大馬鹿野郎。
 強く、強く抱きしめる。
 燭台の火影が揺れ、彼の顔が滲んだ。

 正月も終わってしまえば、寒いだけの日が続く。
 主上は退屈そうだった。
 ここのところ、少し寂し気ですらある。
 従兄弟者は気遣わしげに御方を眺めた。
 彼方で、人影が動く。
 御座に座って、ぼんやりと遠くを見ていた主上の顔が、ふいに輝いた。
 伺候した人物が御前に膝をつく。
 少しとぼけたあの表情。
 ずい分と久しぶりだ。

 主上が充分に満足したあと、ちょっとした隙を見つけて二人で外に出る。
 呉竹のあたりで会話を交わす。

 「……生きていたのか、ヒキコモリ」
 「どうにかな」
 微かに濃い瞳の色素。少しも変わっていない。
 「正室の所へ行かねばならん。以前トラブったのでさすがにあいつも気まずいらしい。
そのせいで久々に出仕したわけだ」

 何日か休んだ後出てきた弟者は、自分と目を合わそうとしない。
仕事上必要な時と人目につきそうな時だけ、同輩としてふるまう。
その後の様子を聞きようもなかった。

 「あいつがよく出したもんだ」
 「その代わり、えらい目に会った。昨夜から寝かせてくれんのだ。
もう限界、ってまで抜かれたのに、あいつ相手だとまた勃っちまって、なんだか記録を更新した」
 「自慢か」
 「まさか。マジできついぞ。都市伝説かと思っていたが、本当に太陽が黄色く見える。
どーいう体の仕組みだかな。一度、あの子と試してみろ」
 「やなこった」
 従兄弟者は苦笑する。
 早春の冷たい風は流れ、どこからか梅の匂いを運んでくる。

 「まあ、本来の役割に戻ったってとこかな。
俺は部屋に籠り、あいつは活動する……性に合っている」
 「主上のためにたまには出て来い」
 「そうする………まあ、時にはおまえの顔を見るのも一興だ」
 からかうような瞳。
 「やめておけ。また上から降ってきかねん」
 「あいつならやりかねんな………爺やによろしく」
 梅の香とともに中に戻った。ふり返らない。
 季節は変わる。
 人の想いも変わる。
 その中で変わらないモノを見つけるなんて不可能だ。
 だが、あのバカなら見つけかねない。
 なにせ、掛け値なしの大バカだからだ。

 従兄弟者は肩をすくめ、自分も中に戻っていった。
 早春の陽が、呉竹の上に淡く落ちていた。
                              了

大嘘たくさん(天井裏はないだろう、とか後宮に宿直所はもらえないだろうとか)

 ____________
 | __________  |
 | |                | |
 | | □ STOP.       | |               
 | |                | |           ∧_∧ 
 | |                | |     ピッ   (・∀・ ;)  オシマイ!
 | |                | |       ◇⊂    ) __
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