i某 高利貸し×評論家
更新日: 2011-04-29 (金) 16:09:56
店の者は既に帰った、深夜。
二人だけでこの薄暗い地下にいるという状況はそれだけで私を興奮させた。
貴方のぴんと伸ばした白い背には、冷たい汗が伝っているのだろうか。
「先生のその顔が見たかった」
私だけに見せて欲しかった。
思わずこの指でその血の気の引いた頬に触れてしまいたくなる。
思っていた通りに、
美しい。
あの晩私を嘲った顔に寸分劣らない。
あのレストランでの夜はもうどれだけ前のことになるだろう。
私は会社の部下を連れて、貴方の横にも細君がいただろうか?
私が犯した過ちは、あれはほんの些細なものだったのだろう。
無論ワインは嫌いではなかったが、料理とワインの相性なぞ私にはそもそもどうでもいいことだった。
それを、わざわざ評論家である貴方の前で講釈をたれてワインを注文したのは何故か、
今となってはどうしてそんな真似をしたのか、私自身解らないと言ったっていい。
ただ、少し考察できるのは。
貴方にとっては定期的に私と共にするだけのテーブルが、
いつしか私にとっては何日も前から日を数える、何よりの優先事項になっていたこと。
その席で私がふと口にしたワインの知識などに、決して大袈裟に褒めそやすのではなく、けれどさりげなく貴方が頷くこと。
その唇がグラスから離れて、私に微笑むのを、私はただ黙って見つめるようになったこと。
そのような無意識のうちになされた小さなことの積み重なりが誘因か、
ともかく私は貴方の前でワインを注文した。
その一瞬のちに失笑とともに貴方に、それに店のソムリエにまで全否定されるとは予想せずに
ただ、貴方にまた、さりげなく頷いて欲しかったのだろうと、
今ではそうも思える。
いずれにせよそれは大したことではなかった。
私は侮辱されたと感じ、人前での貴方の心無い行為を恨みもした。
けれど、嘲笑に包まれながら私の心の平静を奪ったのは怒りと恥ばかりではなかった。
可笑しそうに目を細める貴方の顔が、
そう、私を馬鹿にしている筈の他でもないその顔が、
美しいと思った。
その瞬間、私に潜在していた些細なことたちが一気に辻褄が合い、表面化した。
それは私を混乱に突き落とし、
そんな私をまだ貴方は笑っていた――
ああ、私は、
彼のことを。
まだ呆然としている私の前に、貴方が注文し直したワインが運ばれて来たが、口にしても味などろくに解らなかった。
私にできたのは貴方が噛むように動かしてワインを味わう唇に見入ることだけ。
私は不可解な物を見るような気分で、器用に動くその口元を見ていた。
欲しい。
突如私の中に涌いたその欲求こそ不可解さの正体であった。
私は正気なのか。
本当に、欲しいなどと。
――彼を。
それからは狂ったように策を考えた。何度もあの夜を夢に見て、目覚める度身体は燃えるように熱かった。
どうにかして。私があの晩、笑う貴方の前でしていたような脱力した表情を、貴方に。
いやそれだけでは済まない。どんな表情も、どんなあられもない姿さえも、貴方の見せる全てを私が握りたくて仕方なかった。そのためなら金だろうが書類の小細工だろうが厭わなかった。
その時がくれば、いつも上品に振る舞う貴方はどんな変貌を見せてくれるのだろう?
汚い手で貴方を裏切った私の前で――そればかりを夢想した。
けれどそう、貴方も私を裏切ったのだ。あの晩、確かに。
穏やかに貴方との日々を過ごす私の中に巣くっていた、どうしようもない強烈な欲望。それに気付かせるなんて。
そして私は、手に入れた。
ああ可笑しいほど困惑に歪んだ貴方の顔。けれどこれはほんの第一歩。
あの時の貴方にお返しするように嘲笑ってあげたいのに上手くいかない。どうしても愉悦に頬が上がるのを止められない。
ワインをまだ飲んでいないのに身体が熱い。急いてはいけない、そうワインを飲まなくては。
この二人だけの夜に、祝杯を。
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・)捏造にも程があるね!
携帯からは初なので、色々おかしいと思いますがすみません…
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