Top/2-407

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気付けば遠い昔にみたような原っぱの木陰にいた。
春風が心地よかった。
ここ最近は裁判のことが自分に重くのしかかっており
行き詰まる毎日だったので、郷実は胸の中が洗われる心地がした。
すーーっと息をすいこむ。

「気持ちがいい日だな」

急に話し掛けられた。

隣の気配に全くきづかなかったので
ふ、と肩を震わせて振り向くと彼はこちらをむいて
微笑んでいた。
“材全…?”
いや、隣にいたのは黒河だった。
昔よくみたシャツをきてあの頃のままの彼だった。
目眩のような懐かしさに襲われ
「やあ、懐かしいな」そのまま口にしてしまった。
言われた黒河は不思議そうに瞬きをしている。
「なに言ってんだよ、郷実」
ちゃんと寝てんのか、といつもの様に口の端をあげる。
“夢だろうか?”
郷実は自問した。夢の中で夢かと問うのもおかしな話だが。
現に自分もあの頃のみすぼらしいジーンズ姿だ。
まぁ俺の場合はかわっちゃいないか…?
思わずくすりと笑った。

「相変わらずヘンなやつだな」
黒河は憮然としている。郷実が何故か嬉しそうなのが
気に食わないらしい。
「お互い様さ」
「なんだそれ」

短い笑いの後沈黙が訪れた。
急に黙ってしまった隣をみると黒河はじっと
前を見据えていた。
大きな瞳を縁取る睫が風に揺れている。
細い体に抱えきれないほどの想いを背負い
彼は小さく呼吸をくり返している。

「少し休んだらどうだ?」
郷実の言葉を追うかのように黒河はゆっくり振り向いた。
「なんだい、いきなり?」
「いきなりでもないさ。前から言おうとおもっていたことさ。
疲れがたまっているんじゃないか?最近の君は
顔色も良くないようだ」
「僕の心配をしてくれるのか?」
「友達じゃないか」
郷実はここずっと言いたかった言葉を
やっと伝えられた気がした。
そうだ、この隣に座っている男、少々性格と態度には難ありで
ついていけないと思うことは多々あるがそれでも彼はいい友人だった。
今までもこれからも彼とは友人、同士でいたい。
だからこそ俺は裁判の証言台にも立つつもりなのだ。

「友達…ね…」
隣の黒河がふ、と笑った気がした。
振り返ると彼の顔は驚く程郷見の近くにあった。
大きな黒目に吸い込まれる気がして
ゆっくりと瞬くと世界は暗転した。

暗闇の中で目を開けるとどうやら郷実は女を組みしいているようだった。
夢とはいえ、都合が良すぎる。欲求不満なのだろうか?
冷静に分析しつつ、まぁ、胸をはれるもんじゃないなと
愚痴りそうになった瞬間、目をむいた。
腕の中にいたのは、女ではない。材全だった。
「……!」あまりの驚きに激しくむせた。
胃の中のものが逆流するかのようだ。

「なぜ…」
切れ切れの息の間から絞るように問うと
「なぜって…君がいうのかい?」
材全は射るような眼差しで郷実を見据えた。

どうなっているのだ。二人とも服をきていない。
裸の材全を裸の俺が組み伏せている。

「君がいやがる僕を力づくで剥いたんじゃないか」

材全の口からはあり得ない言葉が投げられた。
「なに…をいっている…」
頭が爆発しそうだ。
郷実は四肢に力を込め様にもうまくいかず、
かえって体中に震えが走る始末だった。
悪寒か…。いやこの内側から染みだしてくる
熱さはなんだ。

「抱きたいんじゃないのか?君は僕を」
材全の薄く、いやに赤い唇が半月を描いた。
「続きをしたまえよ」

何をいっているんだ?材全。
俺達は友達だろう?

“郷実!”
黒河が廊下の向こうから俺を呼ぶ。
いつものちょっと怒ったような顔だ。
いくぶんのんびりな足取りの郷実に早足の黒河は
苛ついていた。
いつもの風景。

俺達は……。

気付けば郷実の両目から静かに水が滴り落ちていた。
自分に絶望する。
郷実の涙を材全は黙って受け止めていた。

俺は材全を抱きたい。
触れたい。
追い詰めたい。

自分の中の暗闇に気付き郷実は吐き気の中で泣いた。
同時に解放されたかのようなドス黒い肉欲が
自分を覆っていくのをとめられない。

はじかれたように郷実は材全の体にむしゃぶりついた。
材全は予想しなかった激しさに、ひゅ、と息をもらした。
材全の肌は白く滑らかだった。しかし冷たく、女とは違い
跳ね返ってくるような弾力があった。
たちまち郷実は材全の体に溺れた。

右手で追い詰めると彼の体はしなやかに弓を描いた。
柔らかい肌の襞を吸うと切なく哭いた。
律動の揺れの中、一度だけ、目尻を桜色に染めた
材全と目があった。

泣いていた気がした…。

そのあとのことは覚えていない。
ただ、二人、大きなうねるような熱の塊に
巻き込まれたようなそんな心地だった。

明け方、郷実はうっすらと目を覚ました。
こめかみに違和感を感じゆっくりと指をもっていく。
涙の跡だった。

これが、俺か…。これが里見脩二の正体。
力なく笑った。

妻は実家に帰っている。
隣に誰もいなくて良かった。

郷実はいつまでも笑った。涙にむせながら。

裁判当日の朝だった。


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