椙田友和の憂鬱
更新日: 2011-04-29 (金) 17:03:46
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| 声の人ナマモノ。
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| __________ |  ̄ ̄ ̄V ̄ ̄| 某聖獣の放浪兄弟の中の人(兄×弟)
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| | |> PLAY. | |  ̄ ̄V ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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| | | | ピッ (´∀` )(・∀・ )(゚Д゚ )我ながらヒドイオチだぜ
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※以前該当スレにお伺いを立てたら、こちらに誘導されたので需要無視して投下。
攻め…後輩。美脚のエロ声。ガチオタでアフォな大型犬。
受け…先輩。癒し系容姿で少年声。ツンデレで自称美食家。
後半に出てくる「サク」は受けの同職親友です。
なんかキャラ設定も間違えてる上、いろいろ不親切な作りで申し訳ない_| ̄|...○
「っらっしゃーい」
賑やかなざわめきと威勢の良い若い店員の声に迎えられ、俺はレトロな赤いのれんをくぐった。
木目調の壁に昭和ノスタルジー漂うポスターが張られた店内をぐるりと見渡したが、入り口で突っ立っている俺に手を挙げて席へ誘う者はいない。
俺は久しぶりの一人酒の予感に、20%ぐらい寂しさの混ざった安堵のような物を覚えて小さく息を吐いた。
仕事で使うスタジオの近くにあるこの居酒屋は、俺以外にも仕事仲間の常連がいる。
だから当然、のれんをくぐった先で、「おう、錫村」とか「あっ錫村さんじゃないっすか~」とかいう聞き慣れた先輩や後輩の声を聞くこともそう珍しいことではなかった。
が、しかし。
こういった状況下でアイツの顔と声が即座に浮かばなかったのは、つまり俺とアイツがこういう場所で滅多に遭遇しないことを意味する。
アイツは自分から積極的に呑みにいくやつではない。
一滴も飲めないわけでもないし、誘われれば付き合い程度に呑みはする。
酒の席ではゲーム仲間とオタッキーな話に熱が入ることもあるし、尊敬する先輩のタメになるお話を、
妙に無邪気で幼い子犬のような目で真剣に聞き入ってたりもする。
だけど、そんなときでも時々、ふっと会話の輪から外れて黙りこくる時がある。
自分の隣で飲んでは騒ぐ奴らを、妙に優しい顔で微笑みながら見守っていたりすることが、どちらかと言えば多いのだ。
正直、そんなアイツの普段のテンションとのギャップは少し不気味だったが、大して疑問には思っていなかった。
少し前、むりやり飲まされてフラッフラになっていたのを見て、酒に飲まれる質であることは知っていたし、
アイツ自身も酒を飲むより酒の席で人の話を聞いている方が好きなのだ、と言っていた。
なにより普段は無駄に響きの良い声で「錫さん」「錫さん」と言ってまとわりついてくる椙田が酒の席でおとなしくなるのは、
俺にとっても非常に都合が良かった。
まあ、そんなもろもろの事情のおかげで、俺はカウンター席のヤツの隣に座るまで、
そいつがでかくてうざくて鬱陶しい後輩の椙田友和であることに気が付かなかった。
ソイツはカウンターの端っこで、不機嫌そうにグラスを煽っていた。
大きくて骨ばった作りの少し色の白い手は、中身の無くなった麒麟のロゴが入ったグラスを離そうとしない。
常時下らないネタと見当違いな説教ぐらいしか喋らない口はへの字に曲げられ、
眇めるように瞼を伏せた目つきはいつも俺を見下ろす上目遣いからは程遠い険呑な空気を纏っていた。
そこそこ上背のある男がそんな表情でテーブルの木目をじっと睨んでいる姿は、
後ろに見える重厚な壁の焦げ茶色が一際重苦しく見えるほど、何か物々しい空気を放っていた。
普段の気の抜けたへらへら顔がひどく強面に見え、不覚にも俺は一瞬ビビってしまった。
勘違いしないよう言っておくが、びびったのは本当に一瞬だ。
どんなに不機嫌であっても椙田がアホでガキっぽいオタッキーな後輩であることは1ミリたりとて変わらない。
……まぁ、さすがに物理的な力の差は多少なりともあるかもしれないが、
こいつは臆病者だから殴り合いのケンカなんて俺がふっかけても乗ってくることはないだろう。
まぁ、そんなわけで今日の椙田は普段よりも若干話しかけづらい雰囲気ではあった。
だが俺は物怖じすることなくヤツに声をかけた。
この賢しくも人間の出来た俺が椙田に対して少しも後れを取るわけはないのだから。
「椙田?」
しかしながら不覚にも俺はその直後、コイツを構ってやろうとか言う自分の出来心を少しばかり後悔した。
椙田が眉間に皺を刻んだまま、暗く荒んだ視線を迷惑そうに俺へ向けた。
酔っている所為なのか、焦点が定まらずにゆらゆらと俺の顔の辺りを彷徨っている。
その荒んだ視線がなんだか少しもの悲しく思えて、俺はしばし椙田の顔を凝視してしまった。
椙田は3秒ほど俺を睨みつけてからやっと俺の顔を認識したらしく、ゆっくりと間抜けで情けないびっくり顔へ変わっていった。
その様はさながら、昨夜見ていた恋愛ドラマの俳優の演技のようだった。
顔はそのアイドル俳優の十分の一も整っちゃいなかったが、小さく漏らした吐息の色はヒロイン役の女優にも勝る物があった。
口にするのもおぞましいが、お前の声の色気ってのは確実に垂れ流すシチュエーションを間違えているぞ。
「す……ずさん」
椙田は俺の顔を見るなり、一転して今度は鼻づまりの中学生みたいな声だしやがった。
なんだ、顔が間抜けなら声まで間抜けなのかお前は。
「そ、な……なんで……」
俺がここにいるのがそんなに珍しいか。
というか俺はお前がここで一人飲んでることに驚いたぞ。
お前にも一人で飲みたい時なんてのがあるのか?しかしこんな同職が集まりそうな店をチョイスしたのはなんでだ?
実は友達いないんですアピールか?孤独な一匹狼アピールですか。寒いぞ。
「や、たまたま目に付いた店に入っただけで……すずさんは?」
どうして、と小首を傾げて俺に尋ねてくる椙田は、普段の「アホの椙田」そのままだ。
ん、このフレーズは使えるな。いつかどっかで使ってやろう。
しかし正直に言うとちょっと安心した。まったく、さっきのお前は少しばかり心臓に悪かったぜ。
「俺は仕事終わりに飲みにきたんだよ。
つーかなんだ?珍しいじゃん、お前が一人で飲んでるなんて」
俺がそう言うと椙田は少しばつが悪そうな顔をして視線を逸らした。
あ、……これはマズイ。
椙田の表情の変化から俺は即座に嫌な予感を感じた。
気まずそうに引き結ばれる唇、定まらない視線と少し涙に潤んだ目。
この顔を、昔は良く目にしたものだった。
先輩の無茶ぶりで滑ってしまった時、トークで調子に乗って自滅した時、調子が悪くてリテイク何度も出してた時、
椙田はまるでおかんに怒られた小学生みたいにしょんぼりした顔をする。
八の字に下がる眉といい、どこか幼い寂しさで泣き出しそうな表情は、どことなく飼い主に叱られた大型犬のようでもある。
うん。椙田も大型犬の一種と思えば普段の鬱陶しさも可愛いと思わないことも、…………あるか。
だいたい男を可愛いと思っていったいなんの得になるんだ。おちつけ、俺。
椙田は後輩としては可愛いがただの男だ。しかも若干空気が読めない困ったくんだ。
俺にとって椙田はそれ以上でもそれ以下でもない。
よし、落ち着いた。俺は正常だ。
「仕事でなにかあったのか?」
そういや今日はサクが椙田とラジオ収録だとか言ってたっけ。
まさか、またサクに何か言われたのか?
アイツはやたらと椙田につっかかるけど、そんなん今に始まった事じゃないし、椙田も今更そのくらいで凹むとも考えづらいしなぁ。
またオチのない話をして一人でスベったか、伏せ字トークが出来なくて怒られたか、
あるいは先輩にふっかけられた無理難題に挑んで自滅して笑いものにされたとか……。
可能性は泉のように涌いて出るが、真実は結局分からないままだ。
コイツの行動なんぞ俺の知った事じゃないが、こうまであからさまに凹まれると無性に気になる。
椙田の顔を見やるとヤツの口唇は固く結ばれて、眉間が緊張している。
何かの衝動に耐えるようなその表情を見て、俺はこのあとの返事もなんとなく読めた気がした。
現場を同じくする先輩には仕事がらみの悩みや不満ってのはそうそう簡単に打ち明けられないもんだ。
こういう気ぃ使いなヤツが、面倒見の良い優しい先輩(この場合は俺)の気遣いを受けた時に、後輩としてする返事は一つだ。
誰にとはなく救いを求めていた表情を無理矢理濁し、
「……べつに」
と言って、無理に笑ってみせるのだ。
けれど、ここで一つ問題がある。
他の面倒見の良い優しい先輩は、そんなぎこちない笑顔を見てそれとなく悩める後輩の心情を察し、「そうか」とか何とか言って話を濁してやる。
それが真に優しい先輩ってヤツで、そこで強引に根掘り葉掘り聞き出すようなヤツはただの下世話な野次馬で、
人間性に問題があると俺は思う。あ、もちろんケースバイケースだけど。
そして俺は、そういう所の気配りは出来るつもりでいたし、実際他の後輩の同じような場面に遭遇した時は正しい対応をし、
尚かつ「なんかあったらいつでも言ってこいよ」的な懐の広さまでみせてやったりもした。
ただ、この場において俺はセオリー通り「気配りの出来る優しい先輩」を演じることが出来なかった。
一体何故か?それは俺が、
「俺、お前のその顔嫌いなんだよね」
椙田の無理に笑う顔が、この世で3番目に嫌いだからだ。
椙田が俺を見て絶句している。
そりゃ、そうだろう。勝手に詮索して勝手に怒りだしゃ誰だってびっくりするよな。
分かってはいるんだ、頭ではな。ただし、頭と体がいつでも同じように動くわけじゃない。
「お前俺に気ぃ使ってるつもりなの?それなら言ったるけどなぁ、正直言って全然使えてへんで。
誤魔化すんならもっとうまくやれや。なんやねん、そのみっともない顔は。
目ぇ死んでるんや、眉間に皺寄っとんねん。そんな顔見せんな、胸くそわりぃ。
なんかあったんならあったなりに『ほっといてください』ぐらい言えんのかアホ」
俺は商売道具であるはずの似非関西弁が出ていることも構わず、まくし立てた。
よくもまぁここまで自分勝手なことが言えたもんだと、自分でも感心するくらいだ。
そうだよ。俺は自分勝手だよ。
俺に遠慮なんかする椙田が気にくわない。こんなとこで一人で飲んでる椙田が気にくわない。
俺を遠ざけようとする椙田が気にくわない。俺が近くにいるのに、俺が……こんなに気にかけてやってんのに。
「な、なんで錫さんにそんなこと言われなきゃいけないんですか。
俺がどこでなにしてようが錫さんには関係ないことだし……そうだ、それこそほっといてくれたらいいじゃな……」
バンッ
店の中が一瞬静まり、テーブルを叩いた俺の右手のひらがじーんと痺れる。
「お前のそーゆーとこが嫌いや言うてんねん!!」
俺は三度驚いている椙田を睨みつけて怒鳴った。
でかい図体してウジウジウジウジ鬱陶しいんじゃ。
たまたま入った店だ?
仕事仲間が集まる店でこれ見よがしにいじけて飲んでて、それでほっといてくださいなんてよくも言えたもんだ。
ホントは誰かに構って欲しかったんだろうが。俺以外のヤツに慰めて欲しかったんだろうが。
だったら素直にそう言えよ。
お前に相談する話なんかねえって。さっさとどっか行っちまえって。
そうやってまた、俺を引き寄せたその目で俺を拒絶するのか。
俺たちはしばらく無言で睨み合っていた。
一瞬静まりかえった店は俺たちが黙ることでゆっくりとまた元の騒がしさを取り戻していた。
頭に上っていた血もだんだん降りてきて、俺の視界にもようやく椙田以外のものが入ってくる。
視界の端でチラチラと俺たちの様子をうかがっているOLらしい二人連れ。
俺の体格に似合わない大声にビビったらしい。スイマセンね、チビで貧弱で。
椙田はテーブルの上で拳を握り、俯いたまま微動だにしない。
流石にやりすぎたかなーと俺が反省しかけたその時、不意に椙田が立ち上がる。
「……んですか」
俯く椙田の低い声が更に低くなり、地を這うような響きになる。
……あれ?
なんだこの展開。
「なんなんですかあんた!」
音圧で前髪が軽く浮き上がった気がした。
加えて椙田のらしくない大声は俺の体にびりびりと振動を与えて、真夏の重苦しい風のように通り過ぎていった。
椙田はこの店で最初に見た時よりも数段不機嫌だった。いや、不機嫌を通り越して怒っていた。
何故、とは思わない。椙田が怒っているのが俺のせいであることは火を見るよりも明らかな事実だったからだ。
ただ一つ不思議なことがあった。
椙田が俺の我が儘に苛ついているだけなら、どうしてこんな……泣きそうなのを堪えるような顔をするんだ?
なんでコイツが泣くんだ。っていうか泣くようなこと言ったか?俺。
小刻みに痙攣する椙田の目尻にうっすらと涙が浮かぶのを見て、俺はとっさに視線を逸らした。
何を隠そう、その時俺は正真正銘びびってしまっていた。
椙田が激昂した所なんて初めて見たし、ましてそれが自分に向けられるなんて思ってもいなかった。
なにより、椙田の涙なんて意外すぎる物を見てしまった所為で、急に鼓動が激しくなってきたのだ。
きっと俺は混乱してるんだ。
誰だって理由も分からずに村上牛と間人蟹を同時に差し出されたりしたらびびるだろ?
ああ、いや違う。なんで美味い物に例えてんだ俺。これじゃ怒ってる椙田と泣いてる椙田が大好物みたいじゃないか。
違うぞ!断じて違うからな!俺は人を怒らせたり泣かせたりして喜ぶような趣味は持ち合わせてない!
でも……でも、きっと椙田の怒鳴り声と涙なんて俺以外に見たことあるヤツいねえんだろうな……。
その事実を確認するように胸の中で呟くと、また少し心臓が大きな音を立てて軋んだような気がした。
少し視線を落とすと椙田の大きな手が拳を握り、震えていた。
その拳が俺を殴るために作られたものでないことが、俺には何故だか分かった。
椙田は感情にまかせて人を殴るようなヤツじゃない。あの拳の内側には自分の激情が閉じこめられているのだ。
それが怒りなのかそれとも別のものなのかは、俺には分からない。
ただ俺はその拳を見ながら、小さい頃理不尽なことで親に叱られた自分が悔しさに握った拳の固さを思い出していた。
「っ!」
俺の見つめていた拳が唐突に俺の方へ伸びてくる。
俺は咄嗟に後ずさろうとしたが、叶わなかった。
椙田の大きく熱い手が俺の腕を素早く捕まえ、振り回すような強い力で俺を入り口の方へ引っ張っていった。
「ちょっ、すぎっ……」
ほぼ椙田に引きずられるように俺は店を出、そのまま駅とは反対方向の住宅街へ歩かされた。
もともと数軒の飲み屋とスタジオぐらいしかなかった街並みはすぐに寝静まった住宅街に代わり、
やがて左手に遊具の少ない小さな児童公園が現れた。
木が敷地を取り囲むように生い茂り、1本しかない街灯の光の上に厚く影を被せている。
夜中の公園なんて人気がなくて不気味だと思っていると、俺の手を引いている椙田の足がその公園へ吸い込まれていく。
抵抗を許さない勢いでそんなところへ引っ張り込まれた俺は、とっさに虫の知らせというヤツを感じた。
これは、ヤバイ。
お前こんなところで何をするつもりなんだ、椙田!
「ちょっ、おい!放せよ!」
俺は椙田にそう主張したが、椙田の耳には届かなかったらしい。
腕を外そうともがく俺を振り返りもせず、どんどん公園の中央に向かっていく。
公園にはブランコとジャングルジム、それに奇妙に丸っこい形(ピンク色の象かもしれない)をした滑り台しかなかったが、
椙田は水色に塗られていたであろうペンキが剥げかけたジャングルジムへ向かっていく。
ま、まてまてまて。何をするつもりかは知らんがはやまるな!
いつもの冷静なお前に戻れ、椙田!
いや、元からそんなに冷静でもないか、こいつは。
いやいやいやしかし!ここはあえて冷静になって貰わなきゃ困る!
つーか掴まれてる腕にもう感覚ないんですけど。すげー、なんだこのバカ力。
火事場のナントカってヤツなのか、それとも結構鍛えてたりすんの?
夏はプールに通ってるとか聞いたことあるけど、プールで握力まで鍛えられちゃったりするもんなの?
「す、椙田いてーよ。放せって……」
しかし、ここまで来ても謝罪の言葉が出ない俺ってなんだろうね?
ホントならすぐに謝るべきだったんだろう。ってか、あんなこと言い出さないのが一番良かったんだ。
ホントに俺はどうしちまったんだ。何でこんなヤツ相手にムキになってんだ。
さっさと謝っちまえば椙田だって許してくれるかもしれないってのに。
『勝手なこと言ってゴメン』
『さっきの言葉は忘れてくれ』
『あんなこと言うつもりじゃなかった』
『お前が心配だったんだ』
色んな言葉が脳裡をよぎり、俺はその中から今の場にふさわしい謝罪の台詞を探した。
だけど、すぐにそれが出来なくなった。
俺はこいつに謝る言葉なんか持ってない。謝ろうとも思ってない。
むしろ謝られるのは俺の方じゃないのか。
そんな確信にも似た苛立ちが台詞を全て打ち消した。
そうだ。
何か言うべきなのはお前じゃないのか、椙田。
俺はお前にとても重要なことを言ってもらってない気がするんだ。
それを言いもしないで俺をこんなところへ連れ込むって、それはちょっと順序が違うんじゃないのか、椙田。
いや、待て。
一体なんの順序が違うって?重要な事ってなんだ。
そもそも俺はこいつに何を求めてるんだ。椙田が俺に言わなきゃいけない事ってなんだ?
なんで俺はこんな危険な目に遭いそうになってまでコイツの口を割ろうとしてんだ。
おかしいだろ。
『錫は、ちょっとおかしいよ』
ああ、そうだ。
おかしいのは俺だった。
『あいつのことなんか、……どうでもいいって言ってたくせに』
そうだな。
嘘じゃない。嘘じゃなかったんだ。
お前に嘘付いてもすぐ見破られるからな。
『なのになんで……なんでアイツのことばっか気にすんの?』
それはな、サク。
それは……。
『やっぱり、普通じゃないよ』
言われなくても分かってる。
男が男を好きになるのは、どう考えたって普通じゃない。
「……ツッ!」
俺が背中を叩き付けられたジャングルジムは、不思議に心地よい余韻の高音を響かせている。
が、そんな音に聞き入る余裕は俺にはなく、ただ、痛いぐらい背中に押しつけられるジャングルジムを通して、
9月の夜気の冷たさを肌に感じていた。
両腕をがっちり押しつけられた俺は身動きすることすら許されない。
ちくしょう。マジでビクともしねえ。やっぱり俺はコイツを犬かなにかだと思って見くびっていたらしい。
高圧的に覆い被さる影を見上げると、そこには苦悩に歪んだ椙田の顔があった。
「錫さん」
低く響きの良い声は吐息まで甘く湿やかなのに、情けなく震えてイマイチ迫力がない。
それでも、こんな真剣に怒っている椙田を見るのは初めてで、俺はそのことに少し興奮した。
「俺が、どうしてこんなことしたか、わかりますか」
呼吸を整えるように一言一言区切りながら椙田が俺に尋ねる。
どうしてだって?
そんなこと、最初から分かってりゃおとなしく引きずられたりしねぇよ。
「わかんねえよ」
ただ、俺の所為だってことだけは分かる。
「そう。錫さんがいけないんですよ」
ああ、確かに俺は卑怯なやり方をしたかもしれない。
俺の方からは何も言わずに、お前の口から「それ」を引き出そうとしたんだ。時と場所も選ばずに。
失敗だったよ。ホントはこんな風にするつもりじゃなかったんだ。
もっと時期を選んで、お前の精神状態とかもろもろ考えるべきだった。
俺も年上らしく冷静でいるべきだったのかもしれない。
全てを慎重に行わなければならなかった。
お前だけにしか話せない、お前だけに伝えたい大事なことだから。
でもな、椙田。
「……だっ、て……」
「だってじゃありません!こんな時だけ子どもぶらないでください!」
「だって!」
「あんたいつもそうだ……。そうやって、俺を困らせてばっかりで……」
「だって俺……、お前が……っ」
「俺が、なんなんです?」
「……っ」
俺にそんな方法をとらせた自分は卑怯じゃないのか?
臆病な自分を棚に上げて俺だけ責めるのか。
他人は責めて、責められた自分の非は見ないふりかよ。
それは……いくらなんでもあんまりなんじゃねぇの?
「……椙田」
「なんですか」
上から降ってくる冷たい声に体が震えそうになる。
なんでだ。
最初に仕掛けたのはお前のはずなのに、なんで今俺はお前の機嫌を伺うような真似……しなきゃいけないんだ?
なんで俺、劣勢なんだよ。
ちきしょう。
俺は折れないぞ。
お前なんかに、絶対自分から言ったりしてやらない。
そうだろ?サク。
お前は俺に、味方してくれたんだよな……?
「……サクに、言われたんだろ?俺のこと」
「っ!」
椙田は馬鹿正直に息を呑んで、俺から少し身を離した。
拍子に緩んだ手を素早くふりほどいて、俺は椙田の胸ぐらを掴んで唇を寄せた。
「す、錫さ……!?」
俺の身長が足りなくて椙田が少し前屈みになるのが悔しいが、これでもくらえ!
「んっ……」
身を引こうとする椙田を引きとどめ、軽く下唇に歯を立ててやると椙田は慌てて目を閉じた。
「ふ、」
鼻に抜ける呻きがなんとも色っぽい。こんなところで仕事の成果を出すんじゃねぇ。
さっきまで暴力的だった椙田の手が、今度は縋るような弱い力で俺の腕を掴む。
襟元を掴んだ右手を椙田の後頭部を回して固定する。
ごわごわの黒い髪の下から伝わる体温が、俺のめちゃくちゃな衝動をひどく煽る。
抱き込むように引き寄せ、強く押しつけて上唇も下唇も吸ってやる。
椙田の唇が震えているのが分かったが、やめる気はさらさらなかった。
「ハ……」
一瞬だけ放してやると、椙田が戸惑いがちに息を吐く。
唇が薄く開いたのを確認し、自分の唇を舌で湿らせてからもう一度重ねようとした。
が、そこでようやく我に返ったのか椙田はハッと目を見開き、腕を突っ張って上体を離した。
「す、錫さん!」
物理的な力の差に俺は逆らえない。
だけど、ここで物理的な距離を作っては駄目だと思った。
だから俺は椙田の胸ぐらを掴んだまま、椙田の腕の分だけ距離を許した。
「な、なにを……」
「サクに何言われたんだよ」
狼狽える椙田の質問には答えず、俺は俺の聞きたいことだけを質問する。
……けど、本当は知ってるんだ。
サクに俺の気持ちがバレていたのと同じように、俺にはサクのお節介が手に取るように分かるんだ。
もしサクがこういう立場になったとしても、俺は今のあいつとまったく同じ事をしただろう。
サクがまだ思いを自覚しないうちにきっぱりと何度も否定して、あらゆる手段で接近を邪魔して、
サクの見えないところで相手を牽制しまくって、一人で悪者になって、空回って……。
「それ、は……」
でもなサク。
お前がお節介を焼かなくても、俺は全部知ってたんだよ。
お前が椙田に何を問いつめたのか、お前がどんな答えを望んでたのか、
お前が予想していた答え、……そして、椙田の答えも。
本当にお前が椙田に詰め寄った場面を見たわけじゃない。
お前が椙田に何を言ったのかだって、本当は知らない。
ただ、俺には事の始まりから全ての答えが提示されていた。
去年の大晦日……、俺は全ての答えを椙田から手渡されていたんだ。
『錫さん、俺……』
あのとき俺に言った言葉を、忘れたとは言わせない。
「お前、前に俺に言ったことあったよな」
椙田がビクリと肩を振るわせる。
俺の言葉は間違いなく椙田の胸にあるはずの、あの短い文を呼び起こした。
言葉にしてしまえばあっけないほど簡単でありふれた思い。
だけどそれの持っている力は絶大で、その恐ろしいほど高い波に俺はいとも簡単に溺れてしまった。
お前が憂鬱そうなもの悲しい視線を注ぐたび、俺の中で頑なだった何かが溶けてにじみ出してきた。
いや、煩わしくなるほどに重く狂わしい思いが、俺に感染ってしまったのかも知れない。
胸から溢れて喉を出てしまいそうになるのを、俺は必死に抑えてた。
だって可笑しいじゃないか。
絆されたはずの俺がお前より先に「それ」を言っちまうなんて、まるで笑えない冗談だ。
お前だって本当は言いたくて仕方なかったんだろ?
ずっとこういうチャンスを待ってたんだろ?
お前が望んだから……今のこの状況はお前が望んだから出来たんだぞ。
これ以上のお膳立てがあるか?
ここまで来てソレを言わないのは男じゃないよな、椙田。
だってそうだろ?
これはお前自身が言わなければ意味がない言葉なんだから。
「言ってみろよ、もう一度」
俺は今だったら前とは違う返事が出来る。
たぶん、お前の望んでいる返事が出来るよ……本心から。
だから、言え。
「俺は……」
俺の前で、俺の目を見て、その声で、言ってみろ。
「錫さんが、好きです」
「性的な意味で」
ああ。俺も好きだよ、椙田。
性的な意味で。
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| | □ STOP. | |
| | | | ∧_∧ ツンデレでも大型犬でもなくてゴメンネ
| | | | ピッ (・∀・ )
| | | | ◇⊂ ) __
|  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | ||―┌ ┌ _)_|| |
| °° ∞ ≡ ≡ | || (_(__) || |
ちなみにタイトルは攻めの主演作品をもじったもの。
いわゆる中の人ネタってヤツですね。
心の底からお粗末さまでした。逝ってきます。
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