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ドクオクエスト 決戦

決戦前
ものすごく今更で大変申し訳ありません。
ビデオ棚11で投下したドクオクエストの続きです。
今更な上に長文で17レスほどいただいていきます。

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人々の目から遠ざかるために森へと潜んだあの日から、私はいつもひとりだった。

額の呪われた証を隠して生きていた時も、顔半分を覆うこの醜い傷が、私から人々を遠ざけていた。
傷を隠していた時には普通に接してくれていた人も、私の傷を見るや皆一様にその顔を嫌悪に歪める。
罵られ、石を投げつけられながらも、私はそれでも人を信じていたかった。
嘲りを受けながら、それでも少しでも人から必要とされたくて、愚か者よと嘲笑されながらもただひたすら
人々のために魔物を狩る日々。
森の中でひとり膝を抱えながら私は、それでもいつかはきっと、と思っていた。
いつかは、こんな私でも人々に受け入れられる時がくるかもしれない。皆の願い通りに魔物を倒し続けていれば、
いつかは皆が私の事を理解してくれるかもしれない。愛してくれとは言わない。
ただ、私という存在を認めてくれるだけでいい。そうだ、いつかはきっとそんな日がくるはず。

…虚しい願いなのは判っていた。何十、何百の魔物を狩っても、人々は私を受け入れてはくれない。
けれどもそうでも思わなければ、あの頃の私は息をすることすら辛かったのだ。

けれどもその儚い希望も、額の証を国王の目前に晒したことで、無残にも踏みにじられた。
私が呪われた存在であることは国中に隠れもなく広まってしまった。王がどのような悪意をもって私に勇者と
名づけたのかということも皆が知っていた。王に疎まれた私を受け入れる者など、この先誰一人として現れないだろう。
もはやこの世界に私の居場所は何処にも無い。
それでも、私は進み続けるしか無かった。私を必要としない世界の為に。そして何より私自身の為に。

魔物の酸は私の剣を折っただけではなく、鎧すらも溶かしていた。

役に立たない装備を脱ぎ捨ててしまえば、私の身を守るものはたった一枚の布の服だけだ。
そうして手には一振りの古びたナイフ。
あの旅立ちの朝私と共にあったナイフは、10年たった今も手元にあった。他の武器に持ち替える時にも
これを手放すことはどうしても出来なくて、私はそれを守り刀として常に懐に忍ばせていたのだ。
錆びが浮き、刃が欠けこぼれてしまってもこれは、私が10年間の中で受けた、最初で最後の優しさの証だったから。
けれど今、このナイフが、私を守る最後の砦になる。
それ以外の物は、全てここに置いていく事にした。どうせもう、私には必要無いものだから。
私を犯したあの魔物を倒した今、もう何も思い残す事なんてなかった。母と妹の仇を討ち、自分の中の尊厳を僅かなりとも
取り戻した私には、もうこれ以上を生きる意味は無い。これでようやく終わりに出来るのだ。
苦しく悲しかった私の人生を、ようやく終わりに出来る。
最初から竜王に勝てるとは思っていなかった。ただ敗れるにしても立ち向かう姿を見せる事で、
私に謂れの無い罪を鳴らした隣村の村長に否定して見せたかっただけだ。私は魔物を引き込んでなどいない、魔物に情を受けたのでも無い。
私は最後まで戦ったのだ、と。

目の前には堅く閉ざされた扉。てのひらで触れると石造りのそれはひんやりとしている。
ようやくここまで辿りついた。ここが、私の人生の終焉の地。
万感の思いをこめて、私はゆっくりと扉を押し開いた。

扉の先は、空っぽだった。
いや、その表現は正しくは無いだろう。私の視線の先には玉座があり、何者かがきちんと座っているのだから。
けれどそう表現するしかないほど、この部屋の中は恐ろしいほどの空虚さに包まれていた。
何も無いただ広いだけの部屋。その中央にポツンとひとつ置かれた玉座にそのひとは、いた。
魔物達の首領、伝説の竜王。目の前の男はそんなイメージからは欠片も想像出来ない容姿をしていた。
座っているので良くわからないが、身長は私よりも高いだろうか。何千年も生きていると聞いていたのに、
その年齢も私とさほど変わらないように見える。
「…貴方が、竜王か?」
玉座に座る者がそれ以外である訳がないのにそう問うた私に、竜王はくすりと笑いながら「そうだ、勇者よ」と頷いた。
そうして、その手を私へと差し出してこう言ったのだ。

「ようこそ、勇者。私はお前を歓迎しよう」

閑散とした室内に靴音を響かせて、ゆっくりと竜王がこちらへと向かってくる。
竜王は、美しかった。
金糸の髪。
瞳の色は深い湖のようなサファイア・ブルー。
堂々とした体躯を豪華な刺繍入りの衣装で包み、立派な大剣を腰に佩くその姿は、とても邪悪な魔物の王には見えない。
むしろこれは。
(ああ)
咄嗟に構えたナイフの切っ先が震える。

これは、一体、なんの冗談だ?

王が、姫が、おそらく国民の皆が思い描いているだろう理想の勇者が、今形を成して私の目の前にいる。

「まずは、話をしよう。闘いはそれからでも遅くはないだろう?」
呆然とその場から動けずにいる私ににこやかにそう告げて、竜王はナイフを握ったまま固まった私の指を、
ひとつひとつ丁寧に剥がしていった。そうして鞘に収められたナイフを渡され、私は玉座へと導かれる。
先導する竜王は、武器を持つ私の前に無防備にその背中を晒していた。
今なら倒せる。心の中で声がした。そうだ、武器は手の中にある。無防備なこの背中をひと突きすれば…。
心の中でぐるぐる回るその考えを、けれど実行することはできなかった。触れた指から流れ込んできた竜王の
手の温もりに、かけられた言葉の優しさに、私は混乱していたから。
なぜ竜王は敵である私にこんな態度をとるのだ。まるで遠方からの客人のようなこの扱いは一体なんだ?
「私は、待っていた。お前のような勇者がこの玉座まで辿りつく事を、私はずっと待っていたのだ」
「…勇者を…待って…?」
すう、と冷たい何かが心を伝う。
ああ、彼も「そう」なのか。
私はひとつため息をついた。彼もまた、「勇者」に夢見るひとりなのだ。
どうして皆誰も彼も勇者に拘るのだろう。何を勇者に望んでいるのだろう。私を見る時の王の、姫の、侮蔑に満ちた
眼差しを思い出す。私を勇者と呼びながらそんな事を欠片も思っていない瞳。
「…それは、残念だったな。がっかりしたろう。来たのがこんな私で」
さぞかし竜王も私を見て、酷く落胆したことだろう。そう考えるとなにやらすまない事をしたような気になって、
「ごめん」と思わず謝ってしまった。
「何を言っている」
けれども竜王は、そんな私の謝罪を一笑に付した。
「私は『お前』を待っていたのに」
振り返る竜王の瞳に侮蔑の色は見えず、私は再度、混乱した。

「ずっと、私は待っていた。この玉座の間に辿り着くことができる者を。私と対等に渡りあえる勇者を」
そうしてようやく、出会えた。
「それが、お前だ」
嘘だ。
「私は…勇者じゃない」
「なぜ、そう言い切る?」
「…こんな醜い私が、勇者であるわけ、ないだろう」
私は勇者とは名ばかりの、愚かで醜い穢れた男だ。
今の私は、闘いの邪魔になるために顔を覆う布を外している。溶け崩れた半面を、醜い蛇を巻きつけた身体を、
目の前の美しい男の前に晒しているのだ。
なんて醜い自分。おそらくはたから見れば、私こそが邪悪な魔物に見えたかもしれない。
そんな私の自嘲の言葉を、けれども竜王はつまらなそうに否定した。
「容姿が勇者の証明か?」
「―っ!」
瞬間、腹の底からどす黒い感情が込みあがる。
「…あんたに、何が判る」
絞り出した声は、震えていた。
勇者のごとき姿の竜王に、一体何が判ると言うのか。

この顔の疵さえ無ければと、どんなに願ったことだろう。
額の証を晒す前から、私はこの疵のために蔑まれてきた。石を投げられ、罵倒され、正当な評価を与えられず。
常にいい様に利用され続けていた。
この顔の疵さえなければ、王の目前で呪われた証を暴かれることも無かったかもしれない。
それでもせめて顔の疵さえ無ければ、皆がもう少しまともに私を扱ってくれたかもしれないのに。

「この疵は、私から全ての尊厳を奪った。姫に疎まれ、町民には蔑まれ石もて追われ。王には捨て駒として扱われ…」
悔しさに視界が滲む。
今更言っても詮無いことだ。とっくに諦めていた筈なのに、竜王を前に嗚咽のように溢れ出す言葉が止まらない。
そんな私を、竜王は哀れな者を見るような目つきで、見つめている。
「ならばなぜ、お前はここに来たのだ。自分を虐げる者達の為に、なぜ血を流しここまで来た」
「私の為だ。母の妹の…私の、敵だからだ」
咄嗟に答えて、けれど突如沸きあがった別の想いに、唇が歪む。
嘘だ。
おそらく私は愚かにも、期待していたのだ。
魔物を倒し竜王を倒せば、きっと皆私を認めてくれるのではないかと。何度も何度も裏切られながらも魔物を狩り続けた
あの日のように、私は虚しい期待で自分をだましながらここまできたのだ。
そんな事、万にひとつもあるわけが無いのに。
震える指で、額のバンダナに触れる。
醜い身体を晒してしていても、この穢れの証だけは隠していた。こんな時にですら隠さずにはいられなかった自分を、
嗤わずにはいられない。

でももう、どうだっていい。

バンダナを、掴む。
「私は勇者なんかじゃない。ただの穢れた『呪われし者』だ」

引き抜いて、私は全てをさらけ出した。

「…私の紋章(しるし)か」
私の額の証を見た瞬間、僅かに竜王の表情が動くのが判った。額に戴く竜の紋章。
それが何を意味するのかを、竜王も知っているのだろう。
「これでも、私を勇者と?」
自らを嘲る声は、震えていた。それでも視線だけは竜王から離さずにしっかり見据える。どんな表情の変化も逃さぬように。

蔑みの視線を覚悟する。
嘲りの言葉を覚悟する。

「…愚かな事を言う」

その言葉に私は唇を噛み締める。けれどそんな私の姿を見て、竜王はふわりと微笑んでみせたのだ。

「お前こそ、私の勇者だ」

と。

「勇者よ。私の元に来い」
呆然と立ちすくむ私に、竜王が信じられないようなことを言った。
「お前が私の傍に侍るのなら、私はお前に世界の半分を与えよう」
目の前の男は、一体何を言っているのだろう。言われた意味が判らない。
「お前の国がある場所を取るがいい。お前が王だ。城に住む王も姫もお前の下僕として、
今までの恨みを存分にはらすがよかろう」
楽しそうに笑いながら、竜王は言う。まるで悪戯をけしかけるような無邪気さがその口調にはあった。
「お前の為の玉座を私の隣に造らせよう。こい、勇者よ。私の傍に。そうして共に生きようではないか」
差し伸べられる、手。
ぐらり、と視界が揺れた。
誰かが私に手を差し伸べてくれる光景を、何度夢想したことだろう。森の中で一人きり膝を抱えながら、
いつかこんな私にも本当に必要としてくれるひとが現れるかもしれないと、虚しい想像で自分の心を慰めたことが何度あっただろうか。
たとえそれが人ではなく魔物の王のものだとしても、求められているという事実が、私の心をこんなにも震えさせた。

この手を取りさえすれば、私はもう一人ではなくなる。
私を認めてくれる人が傍にいる。そんな幸福を得ることができる。

「私の印を戴くお前が私の元に現れたのは、運命だ。」
無意識に伸ばしかけた手は、けれど竜王のその言葉で凍りついた。とっさに両手で額を覆う。その手の下には呪いの証。
「どうした?」
微笑む竜王。その微笑みは穏やかで、慈悲深くさえある。けれども。
「…う…」
身体の奥がギチリと軋む。いまだ癒えずに膿む腸(わた)が、ギリギリと悲鳴をあげて引き絞られていく。
穢れた身体。魔物に嬲られ汚辱に塗れて、内部から焼き潰された身体。
私がそんな身体になったのは――。
「…ぐ…ぅ…」

目の前の男が放った魔によって。

私は今、何をしようとした?
あの日の怒りも憎しみもすべて投げ打ち、屈辱も痛みも、すべてを忘れてしまうつもりだったのか?
捻じ切られた妹の首を、引き裂かれた母の身体を、全身の肌を溶かし焼かれたあの地獄を、すべて無かったことに?
“自らを穢した魔物の王と通じるとは、やはりお前は呪われし者”
こみ上げる呻きを食いしばって耐える私を、あの村長の声が打ち据える。
「…が…ぅ…」
“魔物に身体で媚を売る、汚らわしき淫売”
証を晒した王宮での、飛び交う罵言が私を責める。
「…ち…が…」
“…私達を犠牲にして、ひとり生き残った恥知らず”
肉塊となった母と妹が、私の罪を断罪する。
「――っ、ちがうっ!」
目の前が、真っ赤に染まる。取り巻く弾劾に耐えかねて、ついに私はナイフの鞘を払っていた。
そうして、突然の私の豹変に驚く竜王に切っ先を向ける。
「どうした勇者よ?」
問いかける声音は、何故かそれでも甘く、私に響く。

「…私は、貴方の元には行かない」
気を抜けばすぐにでもその声に自分を委ねてしまいそうになるのを、私は必死で耐えた。
「私の村は、貴方が戯れに放った魔物の軍勢に滅ぼされた」
ナイフを突きつけられながらも、竜王は腰の剣を抜くこともなく静かに私を見つめている。
「村の人達は殺され、母や妹を殺され…」
ひくり、と私の咽喉が鳴った。
「――っ、わたしは犯され、身体を焼かれたっ」
片方の視界が、堪えきれずあふれ出たもので歪む。ようやく搾り出した声はひび割れた涙声だった。
「私は、貴方を、許せない」
そうだ、私は竜王を許してはいけない。私が彼を許したら、戯れに殺された村の人達の無念はどうなる。
幼い身体を犯し殺された妹の恨みはどうなる。魔物の下で狂い死んで行った母の恨みはどうなる。
そうして何より。
“魔物を引き込んだ穢れし者”
謂れも無く鳴らされた私の罪。その罪を雪ぐ為、私は生きた。
「貴方を倒す。そのために私はここまで来たんだ!」
そう。
…私に残された道は、それしかないのだ。

「…やはりお前も、私と添うてはくれぬのか」
私と私の突き出す刃を見つめ、竜王は小さく呟いた。
私を見据えるその瞳は、どこまでも澄んだサファイア・ブルー。その中にふいに漂った孤独の波は、
けれどすぐに凪いでしまう。
「愚かな愛しい私の勇者。お前がそれを望むのなら、私はその挑みを受けよう。」
すらりと優雅な所作で、竜王が腰の大剣を抜き放った。
「お前にはその権利がある」
大きな剣を、やすやすと片手で扱い私に向けて構えを取る。途端にその身体からは闘気が放たれ、
まるで氷のような鋭利な空気は、それだけで私を圧倒した。
身体が震える。
纏った気のみでもその強さが判る。とてつもない強さ。でもそれでも。
「…う…ああっ―-!」
床を蹴る。
私はやらねばならないのだ。私が生きてきた意味を掴むために。私の人生の決着をつけるために。
たとえここで死ぬのだしても。

そうして私の、最後の闘いが始まった。
竜王は、強い。私が今まで闘ったどの魔物よりも強かったが、それでも私の持てる力を全て出し切って、
なんとかその剣に付いていくことが出来た。
防具を全て失ったことによるハンデは、あまり感じなかった。どころか重い防具を脱ぎ捨てたことで、
私はスピードを手に入れることが出来たのだ。
「―――!」
頬を竜王の剣が掠る。
ナイフの丈が短い分、私は間合いに深く入り込まねばならなかった。思い切って飛び込みナイフの切っ先を
跳ね上げたが、それは竜王の服を引き裂いただけ。
息の詰まるような一進一退の攻防が続いた。

振り下ろされる剣を避ける。死角へと回り込み突き出したナイフはだが完全に見切られていて空を斬った。
生命を掛けた闘い。けれどそれは、何故か不思議なほどの充足感を私に与えていた。
ナイフを振るう度に、竜王の攻撃をかわす度にそれは膨れ上がり、あれほど私の中にあった憎しみや怒りを押し流していく。
私の中のドロドロとした感情が、傷つき血を流していた心が、剣によって慰撫されている。
そんな感覚に陥るのは、竜王が私に対してまったくの対等な目線でいるからだ。他の誰からも与えられなかったものを、
私は今、剣を介して倒すべき敵の竜王に与えられている。
こんな風に私を認めてくれるのは、きっと彼だけなのだろう。彼だけが私を、唯のひとりの男として扱ってくれる。
私を恐れず蔑まず、私の目を見つめてくれる。

差し出された手を思い出す。
きっとおそらく彼こそが、私の最大の理解者なのかもしれない。
なのに何故、私達は闘わなければならないのだろう。何のために私は闘うのだろう。

「…う…」
肩に激痛が走る。竜王の剣に抉られたのだ。けれどその所為で、彼の腹部はがら空きになった。
手の中のナイフを握り直す。
もう何も考えられない。考えたくない。
全てを終わらせたくて私は目を瞑り、それを力いっぱい前へと、突き出していた。
突き出したナイフが腹を抉った、かに見えたが寸前にそれは竜王の剣によって阻まれる。そのまま振り上げられた刃に、
私は思わずナイフを横に払った。腕に走る重い衝撃。
運良く竜王の手元を切りつけたのだ。そう理解した次の瞬間。
「―――っ!」
竜王の手から、剣が外れた。
そのまま無我夢中で飛び掛り、気がついたときには私は竜王に馬乗りとなり、その咽喉元にナイフを突きつけていた。

「殺せ」
はぁっ、はぁっ、と肩で息をする私に向かって、竜王は事も無げに言い放った。
ぶるぶると震えるナイフの切っ先が今にも咽喉元にめり込もうとしているにもかかわらず、その声音はどこか冷めている。
「殺せ。そのナイフで私の首を切り落とし、国へと帰るがいい。」
まるで死ぬことなどどうでもいいかのように。
「お前は私の屍を越えて、永遠に語り継がれる。もう誰も、お前を蔑んだりなど出来ないぞ」
竜王が、笑う。悪戯をけしかけるようなその笑顔は、私に世界の半分を差し出した時と同じ顔。

ナイフを握る手が迷いに震える。どうして。迷う必要などないはずだ。目の前のこの男は世界を闇にかえそうとしているのだ。
この男は戯れに人々を襲い私の村を滅ぼした。この男の放った魔物に私は犯されたのだ。私の呪われた人生を作り上げたのは、
この男のはずだ。
この男を倒す。そのために私は生きてきた。なのに、どうして。
「その栄光を、掴むがいい」
どうして貴方はそんな目で私を見るのだ。労わりと慈しみに満ちた、そんな目で。
「お前にはその資格がある」
誰にも与えられなかったその言葉を、どうして貴方がくれるのだ。
「――っ」
ナイフを頭上に振り上げる。私をまっすぐに見つめる竜王の瞳から目を離せずに、私はそのナイフを振り下ろした。

渾身の力を込めて振り下ろしたナイフは、竜王の咽喉元すれすれの石の床に突き刺さった。
「どうした?」
あとほんの数ミリ、僅かな差で自らの命を絶っただろう凶器を竜王は無感動な眼差しで見つめている。
「貴方は…死にたいのか?」
そのあまりにも生に無頓着な姿は何なのだ。掴んだナイフから指を引き剥がすことも忘れて見つめる私に、
竜王は笑ってみせた。
「そうだな。そうかも知れぬ」
どこか諦観を滲ませた空虚な微笑み。
「そうだ…私はもう、飽いたのだ。この世界にただひとりで君臨することに」
力なく呟かれるその言葉は、まるでこの部屋の空気のように虚ろに響いた。

永遠とも言える永い時を、私はひとりで生きてきた。私は闇の中から生まれし者。だから生まれた時から私はすでにひとりだったのだ。
私は常に飢(かつ)えていた。けれども自分が何を欲しているのかまでは判らなかった。
だから、全てを望んだのだ。
刃向かい者を全て滅し、そうして私は魔界を手に入れた。魔界を自らで生み出した魔物で溢れさせ…なのに私は更に飢(かつ)えてしまった。
私の魔物に溢れた世界。けれどそれは私の望んだものでは無かったのだ。
だからこの地に降り立った。光に満ちたこの世界を手に入れれば、私の飢えは止まると思ったからだ。
千年、私はこの地を収めた。
世界を取り戻そうと、人間たちは幾度と無く私に戦いを仕掛けたが、私は彼らを滅ぼさなかった。彼らは弱く滅ぼす価値も無かったから。
取るに足らないか弱き存在。なのに倒されてもなお時を経て再び挑みかかる強さを持ち合わせた不思議な存在。
飢えが満たされる事は無かったが、それでもそんな彼らが必死に足掻く姿は、ほんの少しだけ私を癒した。

「やがて私は待つようになった。」

私の元までたどり着くことの出来る者を。か弱き人間の分際で私に挑む勇者を。

「そうして、お前が現れた。その背に光を負ったお前が」

「お前があの扉から現れた時の私の気持ちが判るか?
闇に閉ざされていた扉を開いた勇者。その隙間から飛び込んできた忌々しいはずの光に、
私は確かに歓喜したのだ」

竜王の右手が、私へと伸ばされた。その指は私の頬に触れ、そうして私の額の紋章をいとおしげに撫でている。
「そんなお前が私の証を持っていたのは運命だと思った。お前は私のものなのだと。私の為に現れたのだ、と」
美しいサファイア・ブルー。その瞳には恐ろしいほどの孤独の波がさざめいている。
「ようやく私は理解した。私がずっと望んでいたのはお前だったのだと。気の遠くなるような永遠の時を、
私はお前を求めて彷徨っていたのだと」
こんな瞳を、私は見たことがある。
そうだ、覚えている。死を覚悟した、あの夏の夜の湖で。母に似た少女に罵倒され逃げ帰った森の奥で。
覗き込む水面に揺れていたそれは私の瞳。

「――っ」
同じ、なのだ。
醜さから全ての人から疎まれた私と、その強さから全てを自ら遠ざけてしまっていた竜王。
こんなにも何もかもが違うのに、ふたりは同じ孤独を抱えている。
ぽたり、と、竜王の頬に水滴が撥ねた。ひとつ、またひとつと。
それが私の流した涙なのだと理解したのは、竜王がその美しい指でそっと私の右目に触れたから。
その指はあふれ出るものを拭い、けれど次の瞬間ばたりと力なく地面へと落ちた。
「…りゅ…」
「私は、愚かな男だ」
皮肉気に歪められた唇。
「そのような事が叶うはずも無いのにな。知らぬこととは言え、私はお前の村を滅ぼし家族を殺した。
いやたとえそうではなくても、このような魔物の私を受け入れる者などいるはずが無かった」
だから、もういいのだ。と竜王が言う。
「私はお前の仇だ。このようなことでは贖いにもなるまいが私の首を刎ねるがいい。そうして国へと凱旋し、
竜王を倒した本物の勇者として、永遠に語り継がれるがいい」
そうしてせめてこれからのお前の人生が、光り輝いているように。

まるで祈りのように福音のように囁かれる言葉。その瞳にはもはや孤独の影すら見えず、ただひたすらに私への
慰撫のみに満たされていて…。
「――っ」
ぐらりと世界が揺れる。
私の中に確かにあった何かが崩れていくのがわかる。重い枷のごとく私を縛り付けていた何かから解き放たれていくのがわかる。
震えるてのひらで顔を覆った。
「勇者?」
呼びかける竜王の声。他の誰よりも優しくて、他の誰よりも慈しみに満ちていて、…他の誰よりも、いとおしい声。
(ああ)
ごめんなさい。
ごめんなさい母さん。
愚かな私を、どうか許してください。

…もう私には、このひとを殺すことが、出来ません。

「どうした勇者よ。私を殺せ。殺さねば、お前は国に帰れまい」
「…もう、いいんだ」
首を横へと振る私を竜王がいぶかしげに見つめる。
「私には、貴方を殺せない」
「何故だ。私はお前の仇だろう」
脳裏に、あの日の村の惨劇が蘇る。殺され貪り食われる村人。母の妹の最期の叫び。
酸の触手に押し開かれ捻りこまれた魔物の凶器。
それは今でも消えない記憶だ。おそらくこの先一生、それは私を苦しめるだろう。
「…それでも」
震える指を竜王へと伸ばす。滑らかな竜王の頬に触れれば、そこはとても温かい。
「こんなにも哀しくて淋しい貴方を、こんなにも私と同じ孤独な貴方を、殺すなんて、出来ない」
先程竜王がしてくれたように、てのひらで頬を撫でてみる。愛おしむように、慈しむように。
「…愚か者が」
私の手に、竜王のてのひらが重ねられる。私を罵る声は、何故かとても甘やかだった。
「国にはもう、戻れぬぞ」
「うん」
「本当にそれで良いのか」
「いいんだ。…それに」
私を竜王の城に送り出した時の王の瞳を思い出す。どこまでも私を侮蔑し利用しようとする獣の目。
「…もし仮に貴方の首を獲ったとしても、私は国には戻れないんだ」
竜王の城を目指した時から、私は半ば覚悟していた。
醜い呪われし者の私を、竜王を倒した勇者として扱うことなど、あの彼らに出来るはずは無いのだ。
竜王を倒しその首を掲げ持ってこの城を出た瞬間、囲んでいた国王の軍隊は私から竜王の首を奪うだろう。
そうしてきっと、私はその場で殺されるに違いない。
そうして奪った首を持ち、私の知らない誰かが勇者となるのだろう。もしくは国王自身が、国を救った英雄として
凱旋するかもしれない。あの日、姫を救った私の手柄を、他の誰かが掠め取ったように。
だがもう、それはどうでもいい事だ。

「…やはり今からでも、私と共に世界を手に入れるか?」
何かを察した竜王の、冗談と本気が入り混じった提案を、私は苦笑して辞退した。
「いいえ。世界など要らない」
あそこには、私の居場所はもはや無いから。
「なら、何か望みはないのか?」
「え?」
「お前が国を失ったのは私のせいだ。その代わりを私はお前に与えたい。何でも望むものを言うがいい」
「望むものなんて…何にも無いよ」
首を振って、でも次の瞬間湧き上がった想いに、胸が熱くなった。
私の…望み?
ドクンドクンと胸が早鐘を打っている。
「何でも、いいの…か?」
おそるおそる口を開いた私に、竜王は満足げに微笑んだ。
「何でも。私の全てをもって叶えよう」
その言葉に背中を押されて、私は望みを口にする。
「貴方は私から国を奪ったと言うけれど、本当に私は世界なんて要らない。帰りたい国も無い。
それでも貴方が私にそれらの代わりを与えてくれると言うのなら…どうか…」
唇が震えた。

「…貴方が、私の傍にいてください」

貴方の隣に寄り添わせて欲しい。ずっと、ずっと。

森の中でひとり膝を抱えながら私は、いつもいつも願っていた。
私は私のことを皆に受け入れて欲しかった。私のことを認めてほしかった。そうして愛してほしかった。
でももう、そんなことは望まない。たった一人。目の前のこのひとが私の傍にいてくれるだけで、
私は世界の全てを手に入れたような幸福を得ることが出来るから。

「貴方の生命(いのち)を私にください」
最後は咽喉がかすれて声にならなかった。けれども吐息のようなその言葉を、竜王は確かに受け取ってくれた。
「傍にいよう」
竜王の両手が、私の頬を包み込む。そのてのひらが両頬を、愛しい手つきで優しく撫でる。
「私は、お前のものだ」
頭を引き寄せられる。寄せられる唇。思わず目を閉じた私の額に、温かな感触が触れた。驚いて目を開ければ、
竜王が私の額に口付けを落としているところだった。
「――っ!」
堪えきれずに、私の右目から涙がこぼれ落ちる。
「お前のこの額の証に懸けて」
額の証。私の人生を責め苛んだ呪われし刻印。けれどこの瞬間、それは聖なる祝福の証へと形を変えていく。
「――お前に、永遠の忠誠を」

結ばれた誓い。

私は世界を投げ捨てて、そうして世界(竜王)を手に入れた。

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 | __________  |
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 | | □ STOP.       | |
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17レスじゃなかった…。
本当に申し訳ないです。
実は最終話「輝ける世界」が残っていますが、もしよろしければ28日夜にまた投下させてください。
輝ける世界

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