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下町

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ ) 下町妄想投下


「ジャンケンしよか」
突然楽屋に入ってきた男は、座り込むと、面白くも無さそうに右手をブラブラと振った。
「なんやねん、急に」
濱田はだるそうに顔をあげると、呟いた。
この男が、濱田ひとりの楽屋を訪ねてくるなんて珍しい。
何かあったのだろうか。
「……別に」
松元は机に頬杖をついた。
濱田は特に気にも止めない風を装い、読みかけの新聞を捲った。何故だか動悸は俄に速くなっていた。

そういえば、最近収録中以外関係なく、松元の目を見ていない。
松元は、濱田こそ謎だらけの人間だと言うけれど、濱田からしてみれば、松元こそ、そうだった。
心の奥では何を考えているのか、わからない。
若い時分はどうしてもその謎が気になり、考え込みもしたけれど、其処に到達することで何かが変わってしまうような嫌な予感もして、濱田はそれを放棄していた。
しかし、仕事中にふとした瞬間合う視線で、微かだが、濱田は、松元という人間に触れた心地がし、安心を得ていたように思う。たった瞬間の積み重ねだけで。
しかし、その瞬間の触れあいすら、最近は無い事に気づいた。
目の前に座る男は酷く疲れているようにも見えた。

「なんで、ジャンケンやねん」
謎かけは好きじゃない。
濱田は苛立ったように低い声を漏らした。
いつかだが、そう遠くもない未来に、松元はこの世界から足を洗うのだろう。
それは本人も冗談めかして言ってはいるし、濱田自身もそれを肌で感じることがあった。
それは何かのキッカケで松元の心を占領し、絡めとろうとする。
それは彼の問題であって、自分の立ち入る隙はない。
「俺が勝ったら……」
「……なんや」
「勝ったら、俺の言う事を聞いてくれるか」
松元は静かな声で言うと、墨色の瞳でじっと濱田の顔をみつめた。
何も読み取れない瞳。
濱田は背中に俄に汗が滲むのを感じた。有無を言わせない松元の雰囲気に抵抗するように口を挟んだ。
「ほんだら、俺が勝ったら、おまえ、俺の言う事を聞けよ」
「……ああ」
濱田の返事にホッとしたように息を漏らすと、松元は小さく頷いた。

勝って、いいのだろうか。
松元はどうしたいのだろう。
俺は、どうしたいのだろう。
「そもそも、なんでジャンケンなん……?」
そういう可愛くないところが愛しくもあり、好きだった、けれど……。
濱田の小さな呟きは、松元には聞こえていないようだった。

濱田は手を出せないでいた。
いつのまにか静かな時間が流れていた。松元は沈黙に耐えかねたように小さく笑った。
「なんや、おまえ、たかだかジャンケンでそない真剣な顔して」
「え?」
弾かれたように濱田が顔をあげると、松元は「やめた、やめた」と言って立ち上がった。
「興が削がれた」
全く話が読めなかった。「なんやねんそれ」濱田は呆気にとられたように呟いた。
どういうことだろうか。
自分はどんな顔をしていたというのだろう。
「せんでええのか」
「何が」
「……だから、ジャンケン」
「そんなん、いつでも出来るやろ」
「そうなん?」
「ああ」
頷くと、松元は座っている濱田に向かって腕を伸ばした。
「?」
なんやの。
仕方が無く濱田がその手を掴むと、力任せにグイと立ち上がらせられた。
一瞬不思議そうな濱田の顔を覗き込むと、松元は、ふいに濱田の身体を抱きしめた。
柔らかな抱擁だった。
濱田はぼんやりと考えた。昔から、時々、こうやって松元は濱田の身体を抱きしめることがあった。
そこにはなんの理由もなく。ただ単に小さな子供が昔から使っている自分の匂いの染み付いた毛布に安心するように。
「ほなな」
そっと身体を離すと松元はドアに向かった。
いつも、いつも、このサインは、目の前の背中が弱っている時ではなかったか?
理由がない行為なんてない。そんなこと、分かっている筈なのに。
ジャンケンの代わりに、抱きしめられて、それでも黙っている俺は。
どんだけ卑怯モンやねんな。

それでも、怖い。怖くて仕方がないねや。

□ STOP ピッ⊂(・∀・)1コメサゲワスレゴメンナサイ!!


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