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ジーヴスの事件簿

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「おはよう、ジーヴズ」僕は言った。
「おはようございます、ご主人様」ジーヴスが答える。
相変わらずの細心さで用意された紅茶を啜りながら、僕バーティ・ウースターは満ち足りた気分だった。平和に勝る贅沢はない。
「ときにジーヴス、僕が注文した例のシャツだが」
「はい、ご主人様。わたくしが送り返しましてございます」
「送り返した?」
「はい。ご主人様にはお似合いでございません」
「そうか。いやダメだ、あれはやはり必要だ。ぜひ手に入れたい」
「…かしこまりました、ご主人様」
執事の分際でなぜそんな勝手を働くのか、と大抵のものなら言うかもしれない。しかし、このジーヴスの判断において僕が反論する根拠は常に薄かった。ジーヴスはことのほか服装にかけては保守的で、僕の好みとは相容れない。要は好き嫌いの問題が理由だった。
しかし僕はジーヴスを大変高く買っており、基本的には彼の意見を尊重した。時々我慢ならない事もあるが、それ以外はまったくもって申し分ない。
「つい先ほど、リトル氏からお電話がございまして、間もなくこちらへ向かうとのことです」
「急ぎの用とは心穏やかでないな。ビンゴの奴、一体…」
僕がビンゴ・リトルについて思い返すと、実に愉快でない数々の思い出が去来したのでそこで止めた。ビンゴは学生時代からの付き合いで悪い奴ではないのだが、いかんせん後先考えずかつ相手も問わず恋に落ちる頻度が多すぎた。

「やあバーティ、馬鹿面。ジーヴズの姿が見えないので勝手に入ってきたぞ」
「やあビンゴ、不細工。なんだいそのタイは。おめかしのつもりか」
「も、もらったんだ、悪いか。ところで折り入って話があるんだが」
「いつもの相談事ならクラブでも間に合ったんじゃないのか」
面倒な、という言葉を出すほど僕は不甲斐ない男ではない。それに、ビンゴは今までの経験からいって、不本意なことに、うちの執事の問題解決能力の高さを僕のそれより買っている。
「そうではないんだ」
ばつの悪そうなビンゴの様子に、僕は眼でジーヴスに合図した。ジーヴスが音もなく辞去するのを目の端で捕らえて、僕は座りなおした。
「で、今度はどこのお嬢さんだ。前回の失恋から2ヶ月も経っていないが」
「馬鹿だな、俺の話ではない。おまえ、気づいてないのか」
てっきり例の恋愛相談かと思いきや、どうやら僕に関連する話らしい。僕は愚鈍扱いされたようでいくらか気分を害したが、ウースター一族の誇りがこれで揺らごうはずもない。
「まさか、僕が知らないうちに誰かに恋をけしかけたなんてことは…」
「ないよ、うすのろ。俺は見たんだよ、後ろ姿だったけど、あれは名のある貴族だろうな」
「だから、誰がどうしたのかと訊いている」
「お前のところのジーヴスだよ。俺の見た限りでは、あれは引き抜きの密会じゃないかと思うぜ」
驚いた。確かにジーヴスの冴え渡る巧緻は(この僕を差し置いて)広く知られてはいたが、あくまでも彼は僕の家の現執事である。とんでもない、と思う反面、まさか、という思いもよぎった。僕はビンゴの意見を問うた。
「まあ俺はジーヴズを信じているが、そもそもよりにもよって、なぜ、おまえの下についているのかという謎はある。何しろおまえがオクスフォードを卒業した事は七不思議になるくらいなんだから」

あまりの物言いに僕は憤慨したが、ビンゴは責任は果たしたとばかりに帰っていった。
はっきり言って知りたくもない情報だったが、知ってしまった今では確かめざるを得ない。
しかし、根も葉もないことだと否定しきれない自分が恨めしかった。
万が一ジーヴスを失った時の損失を考えると、とても落ち着いてはいられなかった。
動転のあまり首にすがり付いて乞い願う羽目に陥るのは御免だった。
かと言って切り出すタイミングも掴めず、悶々とする日々がそれからしばらく続いたある日のことだった。
「ご主人様、かねてよりご様子がすぐれませんが、いかがいたしましたか」
「ジーヴス、それは…」
おまえの考えていることが全く読めなくて疲弊しきっているからだ、とは貴族の沽券にかけて言うわけにもいかず、
僕の調子はやはり彼にはお見とおしであることを今更ながら再確認した。
「何ということもないんだが(嘘だ)、あー、おまえは確か紹介でやってきたんだったよね」
「さようと存じます。先代のご友人よりご縁をいただいて参りました」
話をそらしたつもりが、なぜか確信に近付きつつある予感に慄きながら、同時に僕は平然と話している仮面を身につけた。
これはウースター家の伝家の宝刀とも呼べる。
「しかし来た途端に父が亡くなって、おまえも災難だったな」
「とんでもございません、ご主人様。先代の温情は誠に感謝しておりますし、わたくしは一度たりとも後悔した事はございません」
ジーヴスの真摯な物言いに、僕は一瞬彼の忠誠を疑った事が恥ずかしくなった。
父は確かに立派な人間であったし、本来ならばそれがあと数十年は続くはずだったのだが、運命のいたずらという奴でいち早く神の御許に召喚され、代わりに残されたのは年端も行かぬこの僕だったというわけだ。
「まあ、僕がおまえの立場だったら同じようにしたか疑問だよ。もっと他にいくらでも口は選べたろうに」

「いいえ、それはありえませんバーティ様」
頑なに僕の事を主人と呼び続けてきたジーヴスに久々に名前を呼ばれ、僕は懐かしい気持ちで一杯になった。
「旦那様を失ってしばらくの間、誰もが意気消沈しておりましたが、たいそうお元気なバーティ様の姿、例えば自ら池に落ちたり、アガサ叔母様のドレスに傷をこしらえてひどくお叱りを受けたり、云々、を見るにつけ僭越ながらわたくしは生きがいを感じたものです」
「なんだか素直に納得しがたい部分もあるが、まあよしとしよう」
「というわけでございまして、このジーヴス、これからもお仕えしていく所存にございますので、どうぞいらぬご心配はなさらぬよう」
「何だ、僕は別におまえがどこに行こうと構わないぞ。…長期休暇の限りは」
「ビンゴ様の誤解には既にご説明を済ませておりますが、詳しくお聞きになりますか?」
「いやいい、遠慮する」やはりジーヴスの千里眼は健在だった。
「先日のシャツの仕立ての件ですが」
「あの藤色はもう…」
「ご報告が遅れましたが、今朝ほど『誤って』アイロンの跡をつけてしまい処分させていただきました。申し訳ありません」
言おうと思っていた事も口に出す必要がなくなったので、僕は黙って紅茶を啜った。ジーヴスがいる限り、僕の平和は続くと考えて良さそうだった。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!カイギョウヘン&チョウブンスマソ

  • いや、ほのぼのもいいですねv -- 2009-09-06 (日) 14:02:13
  • ジーヴス -- 2019-07-09 (火) 00:55:11

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