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遺留

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                    |  ドラマ遺留の麻田×藤好モナ
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 | __________  |    ̄ ̄ ̄V ̄ ̄|  4話の入院中ネタだってさ
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真夜中の病室は静かだった。
薄暗い室内で白い天井を見詰めたまま、藤好は大きく息を吐く。
ICD植え込み手術から数日。経過は良好だといってもまだ入院は必要なのだと、わかってはいる。
それでも気になってしまうものは仕方がない。
あの患者に処方した薬はちゃんと体質に合っただろうか。彼の、彼女の様子はどうだろう。
共に働く仲間を信頼していないわけではない。信用していないわけではない。
けれどどうしても気になって、スエット姿で医局に顔を出した藤好に後輩である首藤は呆れ顔で笑った。
 「何かあったら藤好先生にも申し送りますから」
だから今は安静にしてて下さい、と追い出されるように病室へと戻らされたのが昨日の事。
仕方なしに今日一日は大人しく横になっていた。
眠れないのは、患者への心配だけでなくそのせいもあるのだろう。
元々睡眠時間は短い方だったし、眠りも浅い性質だ。以前からそうだったのか医者になってからそうなったのか、もう忘れてしまった。忘れてしまう程に長い間ずっとそんな生活を送ってきた。
そんな藤好にとって、三食昼寝付きのこの生活はどうにも馴染めない。
 「……はぁ」
こうしていればその内に眠れるだろう、と目を閉じる。
入院患者と顔を合わせる事がないように配慮されたのだろう。他の病室とも離れたこの部屋は酷く静かだ。
自身の呼吸だけを聞きながら瞼を閉じていた藤好は、不意に聞こえてきた音に薄く目を開く。
こちらへと向かうこの足音は、見回りの看護師だろうか。
仰向けのまま横目でドアを見詰めていれば、足音は病室の前でぴたりと止まった。
 「………」
寝たふりを決め込んだ耳に、ドアの開く音が届く。
少し話しをすれば気も紛れるかと思いはしたが、相手は仕事中だ。それでなくても人手の足りない夜勤をこんな事で煩わせたくはなかった。
起こさないようにゆっくりと近付いた足音が、ベッドのすぐ横で止まる。
様子を確認しているのだろう視線を顔の辺りに感じながらただ目を閉じていた藤好の胸に、何かが触れた。
植え込んだICDを確認しているのだろう、その指に。
 (麻田、か)

スエットの上からにも関わらず、手は正しくその場所に触れていた。
執刀した当人ならば誰にでも出来る芸当だとは言えないが、彼にとっては簡単な事なのだろう。
傷痕の様子を探っているのか、ゆっくりとスエットの上を撫でる指。
指先の僅かな違いでその状態を判断する、それは彼が優れた外科医であるからこそだ。
医師としての手術の腕だけではなく一人の人間としても、彼は正しく優秀な男だと今ならばわかる。
それは娘や自分の事を救ってくれたという、それだけが理由では決してない。
外科嫌いを公言していた自分はそれに耳も貸さなかったし、そんな自分にわざわざ告げる者もいなかったというそれだけの事だったのかもしれないが、今まで知らなかった、彼の姿。
こうして外科病棟に入院し、彼を良く知る看護師と何度か話をして、そうして初めて知ったそれは彼が優秀な外科医であると共に医師として正しい人間なのだと、そう思えた。
 「麻田先生は言葉が足りないから、すぐ誤解されちゃうんです」
郷原という名の看護師が笑う。
まったくその通りだ、と。そう笑い返した時、藤好は麻田を認めている自分に気付いた。
 (………バチスタは、難易度の高い手術だ)
成功例は数少ない。けれど、そうしなければ助からない患者がいる。助ける事を望む者がいる。
論文が発表されこの手術が今より少しでも身近になれば、助ける事の出来る命が沢山ある筈だ。
自分に何が出来るだろう。
患者の命を救う為に。麻田の、力になる為に。
 「………」
ICDを確認していたのだろう、胸に置かれていた手が離れた。
そのまま顎先に触れてきた指先に藤好は僅かに眉を顰め。
 (!?)
感じた感触に一瞬呼吸を止めた。
押し当てるように軽く触れるだけで離れた、柔らかく温かいそれは唇なのだと。
二度目に触れてきたそれは、そう教えるかのように藤好の唇を軽く食んで離れる。
 「………藤好」
 「っ、!」
ビクリと体が竦むのが、自分でもわかった。

けれどもう、寝たふりなどバレているに違いない。
声は、確信を持って自分を呼んでいる。
 「藤好」
また、名を呼ばれる。顎先に触れた指が輪郭を辿り頬を包む。
酷く熱いその熱を感じながら、藤好はただ強く目を閉じた。
 (何だこれは。何で、どうして、こんな…)
間近で感じる麻田の気配と、触れる手の平の感触、触れた唇。
どうしたらいいのかなんて、わからなかった。
ただ、今目を開けてはいけないのだと、それだけを強く思う。
開けてしまったら。今、麻田の顔を見てしまったら、自分は。
 (……俺は…?)
どうだと、いうのだろう。
何をするんだこの変態、そう罵って殴って、それで終わりではないのか?
 「……ったく」
逡巡する藤好の意識は、小さな声に引き戻された。
気付けば頬に添えられていた手の感触はもうない。
思わず安堵の息を零す藤好の耳に届いた足音は、ドアの前で一度だけ止まり、それから廊下へと消えた。
 「…………」
遠ざかる足音を耳を追い、聞こえなくなってからやっと目を開ける。
強く瞑り過ぎていたせいか未だ暗い目の前に何度か瞬きをして、ようやく白い天井が目に入った。
恐る恐る巡らせた視線の先に誰の姿もない事を確認して、藤好は大きく息を吐き出す。
ひどく疲れた。
何がどうしてそうなったのか考えなくてはいけないと思ってはいても、今は何も考えたくはなかった。
麻田の行動も自分の気持ちも、そんなもの、もうどうだっていい。
こんな混乱した頭で考えて何も解決する筈はないじゃないか。
今はただこのまま眠ってしまおう。朝になればきっと何とかなっている筈だ。
…現実逃避だと、頭の片隅でそれを理解しながら、藤好は布団に潜り込みただ目を閉じた。

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