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下町

                    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                    |  下町(2号)だよ
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 | __________  |    ̄ ̄ ̄V ̄ ̄|  前スレからの続きだよ。
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 | | |> PLAY.       | |              ̄ ̄V ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | |                | |           ∧_∧ ∧_∧ ∧∧ ドキドキ
 | |                | |     ピッ   (´∀` )(・∀・ )(゚Д゚ )
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車の中だけが自分の自由になる時間、それは同世代ならきっと皆そうなのだろう。
だけれども、それだけじゃいやだと望んではいけなかったのだろうか。
濱田はベッドに転がりながら、自分のわがままを思う。
今では人に合わせた顔を色々と使い分ける。鬼、先輩、大御所、中堅、夫、父、司会者、俳優、まだまだたくさんある。
しかもそれらは松元のように自然に出来たものではなく、自分で努力して作り上げたものだ。様子を伺い、相手の求めているものを知り、それに合わせて自分を作る。
素でいる時間をもっと欲しいと望むのは贅沢だったのか。
松元が引っ越そうとしていた部屋をそのままにしてほしいと言ったのはだいぶ前のことだ。彼は特に反応しなかった。だけどうれしかった。秘密基地を手に入れたんだ。
あくまでも松元の持ち物である認識は捨てていなかったけれど、でも好き勝手にした。いろんなものを持ち込んだ。
馬鹿みたいに騒いで、笑って、泣いて、叫んで、一人で遊んだ。

松元も、自分のいない間に来ているらしい。どんどん物が増えていった。ドン・キホーテで売っていそうなおもちゃ、
トレーニング器具、マッサージチェア、ルービックキューブ、あとまだたくさんあったような気がする。
そして、ある日ほとんど物がなくなった。
あまりに増えすぎたので松元が処分したらしかった。
秘密基地を壊されて腹が立った。けれど秘密基地とはそういうものだ。また新たに作り直せばいい。
不思議と、二人で物を選ぶことはなかった。
その昔、野球盤ゲームが欲しかった。うんと大きい奴。
確か餓鬼かなにかでしゃべってしまったらしい。欲しいと。それで気がついたときには部屋にあった。
想像していたのより小さかったけれど、とてもうれしかった。
この部屋は、自分の思い通りに動いていく。
枕を抱きしめる。昔のようにもっともっと悪ふざけがしたい。何かを壊したい。でもそれはなかなか叶わないから、この部屋で遊ぶ。
でもそうしょっちゅうは来れない。スケジュールが許さないし、第一ここは松元のものなのだから。
もうすぐ彼がくるだろう。背筋に少しずつ力が入っていく。
どうして、こうもお互い思うとおりに動かないのだろうか。
部屋が開く。足音がする。松元が、近づいてくる。

「おえ」
無視する。まだ遠すぎる。
「おいって、なあ」
松元がベッドに腰掛けた。はずみで体が少し揺れる。
濱田が目を開けた。
「お前も寝りいや」
枕に頬を押し付けて濱田が言う。細目で見上げた松元は大きく、でも疲れきったようにみえた。
「シャワーとか着替えとか…、待て」
面倒そうに松元が呟く。
「そんなん後でええやん。寝っ転がりぃ」
抱きしめてる枕をぱんぱんと叩く。
「それ俺の枕やん」
ため息をつく松元に仕方ないと枕をセッティングし、布団をめくりあげてベッドをぱんぱん叩く。
もう一度ため息をつき、松元が入ってきた。
右横に体温を感じるのは心地よい。
松元は縮こまっている。緊張しているのだろう。それはお互い様だ。作り上げてきた関係があまりに微妙で壊れそうで、
でも失くせないものだから、危ない橋を渡ってでも二人の時間を作る。
そして自分自身を信じられないから、相手を受け入れることも拒絶することもできない。どうしようもないコンビだと、濱田は思った。

松元を抱きしめる。坊主頭をなで回し、頬ずりをする。
松元は反応しない。何かほかの事を考えているのだろう。それでもいい。今必要なのは松元の温度だ。
ざらざらとして気持ちいい。
「なあ」
松元の声がくぐもって聞こえる。お構いなしに濱田は頭を触り続ける。
「写真、どこにやった」
昔から隠し撮りされていた二人の逢瀬の写真のことだろう。そんなことはどうでもいい。
「捨てたよ」
「どうやって?」
「燃やした」
「どこで?」
「家の庭」
松元が体を離した。濱田の目を見る。
「ビデオは?」
「一緒に燃やした」

松元がため息をつく。目を伏せる。
伸びたまつ毛、きれいな頭、濱田はうらやましくなる。
松元は自由に、好き勝手に生きているようで、色々なものに縛られている。もしかしたらそれは自分より大きいのかもしれない。
だけれども、とてもうらやましくなる。
どうして神は俺に才能をくれなかったのだろうか。
そうすれば少しでも松元の荷を背負うことができる。でも自分にできることは松元を理解し彼の描くものをフォローすることで、
そのために努力して、彼のために自分を変えて、それじゃあまりにも、報われない。
松元の目に、自分はどう映っているのだろうか。
「なあ」
松元は枕元にあった濱田のたばこを勝手にとり、火をつけた。
「そんな奴、おらんかったんやろ」
煙を吐く。松元の口から漏れる自分の匂い。
「お前を脅した奴なんか、おらんかったんやろ」
濱田は自分の枕に顔をうずめた。
「あの音声な、相手の声を消したにしては不自然すぎるんやって」
「ふぅん」
聞きたくない。聞きたくない。

「ビデオテープ、あんなに俺に見せたがってたのに、どうしてお前、処分したん?」
「そんなん俺の勝手やん」
松元のたばこを奪い取る。灰皿でもみ消し、頭をつかむ。
濱田は松元を正面から見据える。
自分の殺気が松元を怯えさせることはない。必死ににらみつけても、無表情に、平然と、松元は濱田を見返すだけだ。
まるでこうなることが分かっていたかのように、松元は濱田の手を頭から離す。
にらんだまま、濱田は抵抗もできずにいた。
「泣くな」
松元のまつ毛が下りる。目が、優しくなる。
涙が勝手にシーツに落ちる。こうやって松元の前で泣くのはいつ以来だろうか。ずいぶん前のことのようでしょっちゅうな気もする。
ここ以外でどこで泣いたらええんじゃ。
「ビデオデッキ処分したの、よう覚えとったなあ」
松元の指が涙を拭う。濱田に触れようとした手が、少しだけ震えていたようにみえた。

「でもやっぱり、アホの子やのー」
鼻で笑い、何を思い出したか松元は本気で笑い出した。げらげら笑うのにつられて、濱田も泣きながら笑う。
涙のせいで鼻が痛い。松元の顔も歪んで見える。だけど、やっぱり松元は笑っていてほしい。こうやって自分の隣で、
どんなささいなことでもいいから笑っていてほしい。
そのために生きているのだから。
「どこで録音したん、あれ」
「…車の中」
また大笑いする松元の頭を濱田は思い切りはたいた。
「ようあんな機械操作できたな」
「あれ俺の愛用の奴よ」
「え、嘘マジで。俺思いっきり壊してもた」
「えー、ありえへんやろそれー。せっかくの音声ラブレターやん」
松元も、もしかしたら泣いていたかもしれない。でもそんなことはどうでもいい。こうやって一緒に笑っていさえすればもうどうでもいい。
「でもほんまにあんな奴おったらいややなあ。この現場もばっちり見られとるで」
松元はだんだん饒舌になる。まるで何かをごまかすかのようにしゃべっているように感じた。
「で、公表されてみぃ、気持ち悪がられること請け合いよ」
濱田はこの現場が隠しカメラで撮られているのを想像した。
オッサン二人がベッドに至近距離で泣きながら笑っているのだ。もし他人事だったらどんなリアクションを取るのだろう。
でもこうやって泣いている自分も、笑っている松元も、真実なのだから仕方ない、そう濱田は思った。
「そしたら仕事出来んくなるよなぁ」
何かふっきれた気がして濱田は笑う。
そうやって、自分が大事にしているものが壊れればいい。手の中に抱えているもの全て失くしてしまっても、
松元はとなりにいてくれるのだろうか。

「そんときは二人で漫才やったらええやん」
「は?」
「テレビに出られなくなっても、二人でおったら、漫才でどうにかやっていけるやろ」
売れなくて認められなくて、でもがむしゃらに前に前に進もうとしていたあの頃のように、また二人でいることができるのだろうか。
まぁ最悪劇場に出られなくなることはないやろ、犯罪でもせん限り。松元のその言葉を受け止めながら、
自分が望んでいたのはこれだったのではないかと濱田は考える。
何もないところから、二人で漫才をやる。
「まあレギュラー持ってるうちは無理やけどな」
本当は何もかも捨てて昔に戻りたい。周りにどんな目を向けられても松元と一緒に笑いあえたらいい。だけど、それでも、捨てられない。抱えこんだ色々なもの、それらを全て壊して多くの人を困らせたりはできない。
そんなに自分は強くない。
「そうやな」
濱田は精一杯の笑顔で答えた。
自分で自分の首を絞めるような生き方、互いにそんなふうにしか出来ないのだから、たまにはこうやって泣くくらいいいじゃないか。
いつまでこんな生活が続くのだろう。売れなくなるまで、どちらかがギブアップするまで、倒れるまで、未だに先は見えない。
こうやって笑いあえる日が少しでも長く続けばいいと、濱田は思った。
「…漫才、したいのになぁ」

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 | | □ STOP.       | |
 | |                | |           ∧_∧ これで3部作終了です。
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