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summertime blues

                    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                    | >>1さん乙です。早速失礼しまつ。 
 ____________  \         / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | __________  |    ̄ ̄ ̄V ̄ ̄|  前スレに投下した飴プロ(VVVVE)ゼリコ×今日中、その後。
 | |                | |            \
 | | |> PLAY.       | |              ̄ ̄V ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 | |                | |           ∧_∧ ∧_∧ ∧∧ 新スレ汚シダナ
 | |                | |     ピッ   (´∀` )(・∀・ )(゚Д゚ )
 | |                | |       ◇⊂    )(    ) |  ヽノ___
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _) ┌ ┌ _)⊂UUO__||  |
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)(_(__).      ||  |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

※クソ長文です。ご容赦ください。
※文中に、ちょっとだけですが去年の祭のエンディングに触れている箇所があります。
 これ読んで抵抗感とか感じる方は、見なかったことにしてください。
※捏造なんで軽い気持ちで読んでいただければ幸いです。

では、どうぞ
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

俺とヘツさんの初試合、結果は惨敗だ。
もともとプロレスってやつは結果はおろか、トーナメントで誰が勝って誰が負けて…って筋書きまでが決まってるもんだが、試合の勝ち負けじゃない。
対峙して実感させられる、器の違い。
敵わない、という事実を、顔を殴られるのと同じ衝撃で思い知らされたんだ。
そりゃそうだ、経験から言っても向こうの方が上だ、普通に考えても答えは簡単に出る。
しかし頭でいくらシミュレーションしようが、悟った振りをしようが、実際に体験することとそれらには、雲泥の差がある。
焼けた鉄が腹の中にあるような激情。抑えようがない屈辱は、涙になって溢れ落ちた。
同時に、彼と戦えたという興奮が、それとグチャグチャに混ざり合い、俺の感情はバーストを起こした。
本当は試合終了後にちょっと台詞を喋らなきゃいけなかったのに、俺はその感情に負けちまった。
カメラが待機していたにも拘らず、それをみんなブッちぎって廊下を突っ切り、控え室に直行した。
部屋に篭ってひたすら泣いた。後で当然ガツンと怒られた。
ガキだよな。かなりガキ臭いな。
しかし、俺はレスリングの世界に身を投じる覚悟を、改めて腹に据えることができた。これで終われねえ。
きっと俺はまたこの人と試合をする。次こそは俺が試合を奪う。絶対に負けねえ。
収まらない悔しさと、夢が叶った歓びが、俺の涙腺を壊していた。
「これは運命だ」と頭の中で言葉が際限なく巡る。目を横に移し、鏡に赤く腫れた顔が映ったのを見る。
みっともねえ、だが知ったこっちゃねえ。けっしてこの日は無駄にしない。
いつかきっと俺は運命を自分の元に引き寄せてみせる。これは運命だ。久リス。

それから俺は、年をとった。

電話があったのは、収録を終え身支度も済ませて、帰る途中のことだった。
夜も更けたというのに温度は少しも下がらない。
まだ俺は会場内の裏口へ向かう通路を歩いている途中で、いつものようにクタクタだった。
いつものように少し「うぜえな」と思いつつ、ジーンズのポケットに突っ込んでいた電話を取り出す。
硬い生地が手の動きを邪魔して、不快な気分に拍車がかかった。
汗のせいで肌に張り付くデニムがよりいまいましく感じられる。ついでに暑い。
それも会場内の湿気のせいですっきりしない暑さだ。
もう会社の人間と段取りつけることは残ってないし、大概の挨拶も済ませた。
大体今は帰還中だ電話はお呼びじゃない、誰だ面倒くさい…
かといってシカトするのもまた面倒くさいことになる…そうダラダラ考えているうちに、惰性で画面を
開いていた。
発信先を確認する。
…ヘツワ。
「はい」
気付いたら既に電話は耳元で、しっかり受話ボタンも押して声を出していた。
さっきまでの雑念は電話をかけてきた人物の名前を認識した瞬間にあっさり消えて、俺の行動は脊椎反
射的に始まっていた。
「もしもし?」

声は平坦に、平静を失わないように意識する。
「ゼリコ?」
とはいえ受話器から発せられる、音が低い割に柔らかいその声を聞いた瞬間から、もう俺の声はまちが
いなく笑っている。
ああ駄目だこれじゃ、誰相手でも、腹の中に感情を全て溜めて喋ることができると思ってたのに。
「ヘツさん?」
「ああ。今大丈夫か?」
俺の声が和らいだのを受けてか、ヘツさんの反応に、電話かけはじめの時特有の硬さが消えた。
元気そうだ。そりゃそうだ、この人は昨日元気に仕事場に顔を出していた。
P/P/Vでバカみたいに短い試合を終わらせ、さっさとヌマックダウソのチームに合流して去っていった。
つい昨日同じ会場で、俺はこの人の肉声を聞いていたのに、やけに懐かしくて嬉しい。
別にそんな疎遠な訳でもない、連絡もそれなりに取り合ってる、とはいえ予想していなかった突然の着
信だった。
俺はさっきまでズルズル引きずっていた鞄を、横の壁に軽く蹴飛ばして横倒しにする。
その上に、ドカッと盛大に腰を下ろした。
電話を耳に当てている側の髪をすこし掻き上げ、耳にかける。
通路の先にあるシャッターは開いているのに、風は全くなく、相変わらずうだるほど蒸し暑い。
「全然大丈夫」
「悪いな、帰る支度している途中じゃなかったか」
「あーマジで問題ないって」
「すぐに終わるよ」

終わらなくていいよ、ずっと喋っててくれよ。そう言う代わりに、壁に凭れて俺は話を聞く体制に入る。
些細な話題でもいい。無下に話を引き伸ばすつもりもないけど、そんな簡単に済ませてほしくもない。
いや簡単に済ませてくれてもいい、とにかくこの電話は嬉しい。
「……今日の放送、見たぞ」
話しかけてきた内容がちょっと、胸を僅かに刺すような内容でも、だ。あくまでも僅かに、だけどな。
今日の放送を最後に、俺はしばらくこの団体を離れる。ビンスと話し合った結果だ。
ビジネス的円満な空気をもって話し合いは終わり、俺は待ちに待った半永久的執行猶予を手に入れた。
これからちょっとプライベートなオフを経て、俺は長年の夢だったフォヅーのライブツアーに出る。
多分ヘツさんは、それを知って電話をくれたのだろう。声のトーンが少しだけ下がったのは、簡単には
聞けない話題に触れていると、ヘツさんが感じてる証拠。
……同件で、ホテルに戻ったら俺から連絡しようとは考えていたんだが。
「あ、見てくれたの?」
で、俺はといえば特に突っかかる必要もないから、特に当たり障りなくさらりと返答する。
「ああ」
「今日そっちはショーなかったんだ」
「移動日だったからな」
「そっか。どうだった?」
「いい仕事だったぞ」
「嬉しいな。最後の俺、かっこよかっただろヘツさん」
これはちょっぴり冗談だ。
なぜかというと番組の後半テレビに映ってたのは、ボロボロに泣き叫び、恥も何もなく上司に許しを乞うて、挙
句セキュリティに連れ出される哀れな男の姿。
現王者のツナを解雇に追い込むつもりが、試合に負け逆に解雇宣告され、俺はストーリー上で、この団体か
ら姿を消す事になった。

しかし、この冗談にヘツさんは
「ああ。お前は本当に凄いよ」
と、ためらいもせず素直に感嘆してくれた。
一言一言噛み締めるような口調。照れ笑いすらその声からは読み取れない。
昔からだ。この人は、冗談に対して、時に素で返答する。
そこは笑うとこだよと思いつつ、この子供並みの実直な反応に、自尊心をくすぐられる俺も居る。
この人にこう評価されることで、どれほど浮き足立つことだろう。
そして、その冗談の通じないこの人のサマが、どこか可笑しくて、好きだ。きっと電話の向こうでも、あの大きく
て青い瞳をぱちぱちさせて、真顔で答えたに違いない。
「マジで?」
「ああ。いつもながら大したもんだよ」
「惚れてくれた?」
……さすがにこの冗談は苦笑で返されたけどな。
話は俺とツナの試合に及び、そこで少し白熱した。
俺がひとつ主張を出したら、それにこちらが黙り込むほどに真剣にヘツさんは意見を返してくれ(1を求めたら
間をあけて20返ってくるってとこだ。俺の質問に腕を組んで考え込む姿が目に浮かぶぜ)、そこから古き良き
時代の試合の話に発展したりして(例え話題がループにしようが、彼とこの話をするのはいつだって好きだ)。
これは本格的に長くなっちまうかと思い、俺は通路から離れた、すこし物陰になった所に移動した。
バッグをがたがた鳴らし、足で障害物をどけ、再び腰掛ける。無造作な物音は、電話の向こうに居るヘツさん
まで届いたようだ。
「済まん、いいかげん帰る支度しなきゃいけないか」
「あー全然余裕。会場はもうしばらく閉まらないし、今日の移動はないし」
「そうか」
えー…と、とヘツさんが言葉をつなげようとしていた。
「ん?」
「え、ああ…」
言葉が宙に浮いて迷っている。どうしよう、困ってるよこの人、困ってる。

「何」
「その…なんだ。口ウ、のみんなは元気か」
口ウという単語が、分離したかのようにぎこちなく耳に響く。
不自然な話の振り方に、背中がむずかゆいような気分になった。この人はどうしてこうも分かりやすいのか。
本当に口にしたい事にはなかなか触れられず、くすぶっているのが感じ取れる。さっきの雑談とは打って変わ
って、急にヘツさんの口調の歯切れが悪くなっている。聞いているこちらとしてはもどかしいが、ま、言いにくい
話題ほど前置きを長くしたくなるもんだし。大方、俺の休暇の件だとは思うが。
…ヘツさんにはまだ詳しく話していない。会社にはしばらくの間レスリング以外の仕事に専念したい、としか話
していない。
それ以上のことを、ピンス以外の人間に報告する必要もない。外野は好き勝手に騒いでいるが知らない。
俺はさらりと返答し、ヘツさんのお茶を濁した雑談に合わせた。
「うん。そうだな、みんな相変わらずだぜ」
「そうか」
「でもみんなヘツさんが突然居なくなったときは、寂しそうにしてたよ」
「…そうか」
「力一トなんかウケるぜ、こっち来てからけっこう愚痴ってて、『僕が移籍するのはいいんだけどさ、なんでヘツ
ワまで向こうに移籍されちゃうんだい』って」
「ハハ、そうか」
ひとしきり笑って、俺がその流れを続けようとした。で力一トの奴、いつもの事だけど喋りだすと止まらなくて…
――おい、とヘツさんが唐突にそれを遮った。
ああもう!なんでそんなタイミングの取り方悪いんだよあんたは!何か言いたいことあるんだろ!何か言い
たそうにしてるの伝わり過ぎてしゃあねえよ!
面白いほど不器用な話の繋ぎっぷりに、この人は本当に相変わらずなのだと、自分がヘツさんと会話している
実感が深まる。
俺は話を止め、沈黙で先を促した。
その…とクッションを置き、彼は一単語一単語選ぶようにして、たどたどしく聞いてきた。
「今日で、しばらく…お前は休むんだよな」
おー、ビンゴ。

「ビンゴ?」
ヘツさんが敏感に察知し、声が曇った。――あ、やべ、思ってたことがそのまま口に出ちまった。
「どういう意味だ」
「ごめん、今の忘れて、でもヘツさんが電話してきてくれたのって、その事だろ?」
「……まあな。そうか、分かるか」
ぼそぼそとヘツさんは呟く。あんな言いにくそうにしてちゃ嫌でも気付くよ、という突っ込みは置いておく。
静かな苦笑が受話器からこぼれた。それは俺への返答というよりは、自嘲のようで。
「わざわざ有り難う、ヘツさんに気にしてもらえて嬉しいぜ」
「周りからも言われてるだろう、鬱陶しかったかもしれないな」
「そんなことないよ」
そう、少なくともあんたに関しては絶対に。
「フォヅーか」
「先にそれだね。ヨーロッパ回ってくるぜ。案外そっちのツアーと偶然日が被るかもな」
「どれくらいだ?」
「ツアーの方は少なくとも年末いっぱいは考えてる。満足行くまでやり通して、リフレッシュしたいね。戻ってき
たらヌマックダウソに行きたいな」
「そうか」
「会社が俺の席つくってくれたら、だけど」
わざとらしく手を口に遣り、唇をとんがらせて小声で冗談めかす。人気はもうまばらだから聞かれる心配も無
いが、真剣にそう考えているわけじゃない。
…ま、何が起こるかはわからないとしても、場所を作る自信はあった。W/W/Eの中でも、極論、T/N/Aでも、どこ
のインディでもいい、別に上を目指してるわけじゃない、相応の居場所を得ることは難しくないと思った。
自信、という言葉を必要にしないくらいには素直にそう思っている。このジョークな顔を作るのと同じような自然
さで、そう思っている。
「――馬鹿を言うな」
突然、それまでの緩んだ空気と一転し、急に彼の声は硬く強張ったものになった。
その改まった口調に俺は思わずえ?と普通に聞き返してしまう。
ヘツさんは、淡々と続けた。
「会社も、皆も、お前を待っている。だから、ちゃんと戻って来い」

「……」
「冗談でもそんな事は言うな」
「……急に、どうしたの?」とゆっくり聞き返すあいだに、脳みそを奮い立たせ、フル回転させる。
これもこれで例に拠った空気のぶった切り方だが、今の口調はちょっと半端じゃない。何、どうしてヘツさん急
にキレる訳?しかし正しい答えは見つからない。
そして俺は感情に言葉を任せてしまう。
「――別にこの仕事辞めるなんて言ってねえし。つか俺ヘツさんにまだ何も話してねえじゃん」
…最も、俺がW/W/Eをやめるとかやめないとかで盛り上がってる連中をさらに焚きつけようと思って、サイトを
編集してもらっているヤツに頼んで、本当にこの団体を辞めてT/N/Aにでも行くと思わせるような、ちょっとした
いたずらをする予定はあるが。
それはあくまでネットに釣られやすいファンに油をたっぷり注いでやることで、奴らの気分を盛り上げてやる為
だけの話で。ヘツさんを困らせてやろうとは思っていない。
もしヘツさんが、他の外野につられているとしたら、それは少し失望を覚えるものだった。
ヘツさんに何も言わなかった俺が悪いのに、彼の言葉に押し付けがましさを覚え、苛立ちを呼ぶ。
あんたに関係ねえだろ、と。我ながら軽率なもんだが、苛立ちはまちがいなく、この声に表れた。
息苦しい沈黙。
俺はさっきまで少し忘れていた鬱陶しい暑さを再び覚える。ああ、もう、うざってえ。
…しばらくして、そうだな、とヘツさんが朴訥な声で呟いた。
いや、ごめん。呟くこの掠れた声は受話器の向こうに届いただろうか?
「でも、」
「……」
「お前は、…凄いヤツだ、お前にしかないものを…もってるんだ、また試合がしたいと思えるような奴なんだ、
お前は」
やけにぶっきらぼうに、ときどき噛みつつヘツさんは続けた。俺はただ聞いていた。
「うん」
「お前がいるといないとで、この団体のレスリングは随分違ってくる」
「うん」
「だから…ゼリコ、」
「…うん」

相槌のトーンは変えない。疲れをふと覚えた。今聞こえる言葉が、愛しくもあり、遠い。
別にヘツさんが煩いわけじゃない。そんなはずが無い。
ただ、たまに、この人をやけに遠いと感じることがある。しかしそれは俺の錯覚ではなく、拭えない事実として
存在している。そしてその遠さに、ぼんやりとした諦念感をいつも覚える。
俺はレスリングではこの人には永遠に敵わないが、この業界で彼が永遠に俺に勝てない分野を俺は見つけ
たし、俺はそれを更に研ぎ澄ませていける。そして俺はレスリング以外でも生きていく手段が欲しいし、それ
ができると信じている。
そして多分この人にはレスリングしか、…試合するしか、生きていく道はない。この人はレスリングへの情熱
だけをかざして、全てを捧げて突き進んでいくんだろう。
しかしこの人はきっとそれが当たり前で、きっとそれだけで生きていける。
彼はそれほどの人間だし、何よりこの人自身が、それができると信じているのだ。
…そしてこの人の内側の炎を、俺は持たない。
自分と他人とは違う、当たり前の事実を頭に繰り返しても、無力感は消えない。心地よい敗北感を感じることも
あれば、絶望も感じる。レスリングに対し、目も眩むような感情の起伏を絶えず感じていた昔の自分は、もは
や記憶でしか俺の中に残っていない。
ああそういえば長期休暇を思いついたときに、あんたについて、少し寂しいような気持ちで考えたことを思い出したよ、ヘツさん。
彼は話を続けた。
「だから……」
「え?」
「いや、だから俺の、…俺のDVDでの、アレだ」
もごもごした口調。声質が災いして、余計くぐもって聞き取りづらい。こちらが聞き返すほどに、更にヘツさんの
言葉の歯切れが悪くなった。アレって?と聞きつつ俺は身体を傾け携帯電話を耳に押し当てる。

「おま…ッ!覚えてないのか!お前が言った事だろう!」
押し当てたらいきなり受話音が割れるほどに力一杯怒鳴られたもんだから、耳を受話マイクから遠ざける。
「ちょ…、ごめん、アレって?」
キンキンする耳を押さえて、もう片方の耳に電話を移しかえる。
「本当に覚えてないのか!…その、お前が最後に言ってたことだ」
「ごめん分からないヘツさん」
「……、言うな」
「ごめん、真剣に何て言った?」
ヘツさんの息を飲むような声が聞こえる。
「…………あれくらいで、引退してもいいと思ったなんて、言うな」

「……あ、アレ?八ードノックスの俺のインタビュー……」
どうもヘツさんが気にしていたことは、俺が考えていたこととずれていた様だ。
一瞬で記憶は蘇り、その言葉の意味を得る。

…あの美しい円形のガーデンで、リングの上で祝福し合う二人を見て、俺はもうレスリングを引退してもい
いと思った。
そしてヘツさんのDVDに収録すると言われたインタビューで、あのとき心に浮かんだことをそのまま告げた。
会社の人間が必ず見るとか、ヘツさんも見るとか、そんな予測に不安は少しも感じなかった。

正直に思ったんだよ。俺はもうこの団体で…レスリングでやりたいことは大体やったし、ベルトも獲ったし、自
分が大体どれくらいの高みまで行けるか見当もついたし、それ以上の高さに行けない見当もついてきた。
この仕事は好きっちゃ好きだが、別の人生についても考えてもいいころだ、と。他に挑戦したいことも出てきた。
踏ん張ってまでこの力の渦の中に飲まれている気概はもう俺にはない。正直、疲れた。
それでも、唯一つ、俺が一度だけとはいえ頂点に立ったにも拘らず、ヘシさんが未だに報われない事だけが、
心残りだった。
そう思い始めてどれくらい経ってからだろう…あの人が、遂に勝ち得たベルトを抱えてボロボロ泣いている姿
を見たとき。…初めて見たんだ、あの人があんなに泣きじゃくるのを。
普段は真っ直ぐ過ぎる瞳で、味気ない程に曲がらない態度で、自分は強いと信じていた人が、試合ができる
だけで幸せだと繰り返していた人が、子供のように顔をくしゃくしゃにして、泣き崩れていた。
工ディと、家族と喜びを噛み締めあう姿が、スポットライトの白光とともに共に滲んで見えた。
観客は俺とヘツさんの味方で、ヘツさんが全てを覆したのを見て、拳を天に突き上げた。雷のような喜びが会
場に満ちていた。世界へビ一級王座のベルトは、W/C/Wで使っていたデザインそのままだったにも関らず、輝
いて見えた。この祝祭が筋書き通りでも、そして一瞬のものであっても、会場に満ちる歓びは、永遠に彼に保
障されているように感じた。
そのとき彼に伝えたいことは千以上あるように感じられたが、実際どう言えばいいか分からず、結局その日の
バックステージでも、その後の番組収録で一緒に仕事する事があっても、今に至るまで殆ど伝えないままだ。
いや、そもそも伝えたい言葉なんかひとつも存在せず、ただただ胸が一杯だったんだと思う。
…俺は自分にとってのレスリングと、ヘツさんという存在を、切り離して考えることはできない。ある日俺はヘツ
さんに夢を見た。ヘツさんへの批判は、俺への批判に似通っていた。俺はいつかこいつらの鼻を明かしてやり
たいと考えた。俺だけでなく、ヘツさんもこいつらを否定する日が来ればいいと思った。
そして彼はレッスノレマニアでのあの瞬間、俺自身の積年の夢をも確かに叶えた。

本当に嬉しそうな彼を見て、俺は満たされたんだ。疲れた身体でぬかるみの中を生きるような毎日から、その
瞬間一気に掬い上げられた。
そして「全部終わってもいい」、そう素直に思ったんだ。
恐らくこのとき、俺の中でレスリングに対する気持ちにも、一区切りがついたのだろう。

――これから100年先のレッスノレマニア120になったって、「100年前に久リス・ヘツワはM/S/GでH/H/Hをタッ
プさせてタイトルを奪った」って言われるんだ。
翌日、ヘツさんがインタビューでそう語ったのを見たとき、突然彼を、その場にいない彼を力の限り抱きしめた
い衝動に襲われたのを覚えている。平べったいブラウン管の向こうにある、自信に満ちた歯抜けの笑顔が心
臓を掴み、俺は泣きそうになっちまった。
そう、これだよ。夢が叶った実感。俺があんたをずっと見ている間にいつの間にか抱いてた夢。
俺が憧れるほどの人が。俺の運命を変えるほどに凄い人が。
俺の愛してる人が、幸せにならないなんて絶対おかしいんだよ。

 
「…話題に出すの遅くない?」
「うるさい」
「だって去年の話じゃん」
「うるさい」

茶化しながらも思いは募る。俺の言葉を、ヘツさんはどんな顔で聞いていたのか。苦笑してくれたのか?眉を
八の字にして押し黙り、真剣に困ってくれていたのか?
「引退なんてこの業界じゃほとんどありえないこと、ヘツさんも知ってんだろ」
「だからってな」
「…ごめんな」
声は自然に、平坦になった。
「……」
でもあれは正直な感情だった。あんたが頂点に立つことで、俺が信じてきたものも丸々肯定された。
それで十分だ。それで俺は救われた。
「でもごめん、前から言おうとは思ってたんだけど」
自分の唾を飲む音が、頭の奥で聞こえる。
そういやヘツさんに初めて会ったときも緊張を覚えた。それに比べてこの僅かな、あまりに僅かな緊張。
番組でアングルこなす以外に、ケジメをつける場面があるなんて考えてなかったけど。
「しばらくレスリングは休むよ。他にやりたいことがあるんだ、真剣に考えた結果だよ。レスリングをやめはし
ないけど、でもいつ戻るかは決めてないし、解らない。ピンスがいる限りはここに戻りたいとは思うけど」
「………そうか」
ヘツさんは静かに聞いていた。
ああ、俺はこのことをヘツさんに話していなかった。苦い実感が喉を締め付ける。別に俺がレスリングを始めた
り辞めたりするとき、ヘツさんに報告する義務なんかないが。
そして多分彼なら『お前の人生だから』と答えてくれただろうけど。
「……お前なら、きっと成功するよ。お前の人生だ。お前が幸せになるようにするべきだ」
ほら、ビンゴ。ちょっと嬉しくねえけど。
「うん」
「また連絡する。気をつけろよ」
「うん」
……沈黙が降りた。
「…じゃあ、切るよ、ヘツさん」
「ああ。帰る途中に悪かったな」

「それじゃあな」
「――ゼリコ」
俺がシメに入ろうとしたのに、この人はまた例によって唐突なタイミングで話しかけてきた。
「なに?」
「……その、何だ」
「何だってよ」
「……寂しくなるな」
耳に張り付く、その優しい声。
やべえ、何言ってんのあんた。そんな声出すなよ。顔見たくて仕方なくなるだろ。我慢できなくなっちまうからこ
ういうの嫌なんだって。
「だからさぁ、ヘツさん」
ん?と返す声に力がなく、折れそうになる。しかし続ける。俺の声は平常だ、声には出てない。いい仕事だ。
「引退じゃないっつの。いつとは言えないけど戻るときはふっつーに戻ってくるってよ、仕事」
「…そうだな」
「ツアーでそっちの近く回ったら、遊びいくし」
「ああ」
「でも寂しくなったらいつでも呼んでくれよ、夜は眠らせないぜ?」
「何言ってるんだ」
笑い声が戻った。こういうことを言えば大抵笑いは戻る。
俺はそのまま軽いノリで、お気に入りのジャパニーズ・ホラームービーのジョーク(気の置けない連中には何
度か試し済みだ)も披露した。
「うーずーまーきー」
「怖くて眠れないのか」
彼は笑って流す。こういうネタを出したとき、この人は笑ってはにかむか、怒って黙り込むかの二択だ。
いっそ冗談に乗って喋るほうが茶化しやすいのに、この人はなんでそれができないのだろう。ま、そこが好き
なんだけど。
そしてぶっちゃけ流してほしくないんだけど、な。

「じゃあな、ヘツさん」
「ああ」
そして俺は茶化した空気を保ったまま、電話を終わらせることができた。

俺は一息つく。
相変わらず暑いことには変わらないが、消極的に開き直った気分のお陰か、それほど忌々しくは無い。
暑いのと同じだ、どうもがいても、この諦念と喪失感をどうにもできないことを俺はもう知っている。
なにをどうしても、あの転げ落ちるような激しい日々は戻らないが、俺は明日から別の世界に挑むわけで。
嬉しいことに、そこで懐古してる暇は多分、あまりない。
残念だがそこにヘツさんはいない。俺はそれでいいと思ってる。
とかいいながらさっきのヘツさんの言葉に苦しくなったりして、笑えるよな。別にこれでサヨナラってわけじゃな
いけどよ。
――ま、仕方ねえな。
口の端で笑う。
しばらく座り込んだまま、俺はヘツさんのことを考えながら、高い鉄骨の天井のずっと上のほうを、ぼんやりと眺めていた。

が、
「…そこで何してるの、君」
声の方向を見ると、デカい旅行用鞄を片手に引き摺る力一トがいた。
通りがかりの彼は、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で俺を見ていやがった。
俺はその瞬間、一人で居るときの表情としては非情に怪しい顔を、人に見られたことを悟る。

どう誤魔化せってんだよ、このシチュエーション。やれやれ、ほんと仕方ねえな。

____________
 | __________  |
 | |                | |
 | | □ STOP.       | |
 | |                | |           ∧_∧ つーか今冬だし
 | |                | |     ピッ   (・∀・ )
 | |                | |       ◇⊂    ) __
 |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |       ||―┌ ┌ _)_||  |
 |  °°   ∞   ≡ ≡   |       || (_(__)  ||   |

今年の夏投げの翌日から書き始めてたんですが…orz
伏字一部忘れたりポエム入ってたり(ry ま、捏造ってことで。


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